第4回「金沢・歳時記 3月3日」【週刊ウンチク】

第 4回(01.3.22)「金沢・歳時記 3月3日」
提供:おいしい店ドットコム 松本信之さん

雛人形をかざり、桃の花、菱餅、菓子、白酒などを供え、白酒、菱餅、雛あられ、ちらしずしやハマグリの吸い物をいただく「雛祭り」は、上巳の節句、桃の節供、女の節供ともいう。
桃の節句ともいうが、実は生命力を、花の赤色に邪気を祓う呪力を認めたからである。

桃の花
『魔除けの霊樹』であり、宮廷の行事として12月晦日の「追難の儀」において、桃の枝、桃の弓、葦の矢で疫鬼を追い払うのに使用された。
金沢・小橋菅原神社では、節分の時、桃の弓で葦の矢を鬼に向かって射る古式ゆかしき「鬼やらい」の後、「加賀万歳」が奉納された。3月3日には、桃花餅を食べ、桃の湯に入り、桃酒を飲む風習もあった。桃の節句に桃の花を供えるのも農業に大事な時期に、物忌や祓えを行うにあたり、悪鬼をはらい豊作を祈る心が込められている。

曲水の宴
中国の漢代には水辺で身を清める節供行事であり晋代には杯を流水に浮かべて詩歌をよみあう遊びの曲水の宴が行われた。
日本にも伝わり、701年(大宝元)の3月3日には宮中で宴が催され、730年(天平2)には曲水の宴が設けられている。曲がりくねつて流れる水のほとりに座り上流から流れてくる盃が自分の前をとおる時、通り過ぎぬうちに歌を詠じて盃を取り上げて酒を飲みあった。
現在でも大宰府天満宮で古式ゆかしく行われている。

    曲水の 詩や盃に 遅れたる             正岡子規


雛人形
日本でも古くから、水で身を清めて穢(けが)れを祓(はら)う禊(みそぎ)が行なわれていたが、中国から形代(かたしろ)による呪法が入り、その一つが人形(ひとがた:紙・布・木などで人の形を模した呪具)で、身体をさすって身の穢れや病を移す事が行われた。この禊祓いや人形にこめられた思いが、中国の上巳節や雛遊びと結び付き、雛祭になっていったとみられる。

人形の考案が、日本中に一般化したのは江戸時代からだが、源流は古代の「人形信仰」にたどりつき、穢れを人形にうつして海や川に流した。これが室町時代に『流し雛』『雛送り』の風習を生んだ。

今も祭り終わったのち雛人形を川に流す流し雛の風習が各地にあり、穢れを祓う心を伝えるものと考えられている。(鳥取県八頭郡用瀬(もちがせ)町が有名)

金沢では、菱餅、いり米、いり豆、鯛や竹の子などの形をした金花糖を供えるが、これは1856年13代藩主前田斉秦が森八に作らせ、ひな祭りがすむと小さく砕き半紙に包み近所の家々に配るのがしきたりだった。

     雛祭る 都はずれや 桃の月           蕪村


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