第40回「金沢むかしばなし『芋掘り藤五郎』」【週刊ウンチク】

第40回(2001.11.29)「金沢むかしばなし『芋掘り藤五郎』」
提供:ホリカワ 花野美貴雄さん


貧乏気ままな藤五郎に、お嫁さん?!


ホリカワさんの郷土絵本からの、昔話。
第2弾は金沢の名の由来にもなった
芋掘り藤五郎のおはなし。

「芋掘り藤五郎」
昔、加賀の国の山科ちゅう村に、藤五郎という若者が住んでおった。親を早く亡くし、山へ行っては山芋を掘って暮らしておったんで、誰いうとなく"芋掘り藤五郎"と呼ばれておった。

 ある日のことじゃった。粗末な藤五郎のあばら屋に、上品な老夫婦と美しい娘が山のような花嫁道具を下人に持たせて訪ねてきてな、こういうて頭を下げたのじゃそうな。
「私は大和の初瀬村に住む生玉方信(いくたまほうしん)と申します。突然ではございますが、どうかこの娘をもろうてくだされ」
 あまりのことで、面食らった顔をしとる藤五郎に、方信はなおもいうたと。

「実は、私どもは村一番の長者ですが、長い間子宝に恵まれませなんだ。で、長谷観音様にお願いして、ようやっと授かったのがこの娘でございます。和子と名付け、そりゃもう大事に育ててまいりました。そして、、日本一の花婿をと再び長谷観音様に願を掛けましたところ、あなた様の名前を告げられたのです。ですから、どうか‥‥‥」

 そういわれても、気ままな貧乏暮らしが気に入っとった藤五郎は、なかなか「うん」とはいわなんだ。が、あまりしつこく頼みこむもんで、仕方なくいっただ。
「おらあ、貧乏が性に合っとるだ。だから、せっかくの荷物も近所の貧しい人たちにあげてしまうつもりなんじゃが、それでもええか」
「むろん、嫁にもろうてもらえれば、あなたさまのもの。ご自由にお使いください」
こうして娘と結婚した藤五郎は、約束通り花嫁道具を近所の人たちに分け与えたあと、相変わらず山へ芋掘りに入ってはその日のくいぶちぶんを稼いでくると、残りは人にあげてしまい、貧乏生活を楽しんでおった。最初は戸惑っておった娘もそのうちに慣れ、藤五郎と同様、貧しい生活を苦にせんようになっただ。

 何ヶ月か過ぎたある日、藤五郎のもとへ大和の方信から、娘が不自由な思いをせんようにと砂金の一杯詰まった袋が送られてきたのじゃ。しかし砂金の値打ちを知らん藤五郎はふと通りかかった田圃に雁が遊んでいるのを見て 捕まえてやろうと手にした砂金袋を投げてしもうたのじゃそうな。
「なんともったいないことをなさる」
その話を聞かされた娘は、あまりの無頓着さにあきれ、砂金がいかに大切であり、貧しい人たちに喜ばれるかをこんこんと藤五郎に説いたんじゃと。と、藤五郎は、「あんなもの、芋掘りに行けばなんぼでもとれるだ」と得意そうにいい、翌朝娘を山へ連れて行っただ。なるほど、山芋を掘ると、根っ子のところに無数の砂金がキラキラと輝いておった。

藤五郎の掘る芋には、無数の砂金が・・・

 それからというもの、二人はせっせと芋を掘っては近くの沢で洗い、砂金を集めたんでたちまち長者になったが、決してひとり占めにはせず貧しい人たちに分け与えたため、暮らしは少しも変わらなんだ。それでも二人は十分に幸せで、人々からは"芋掘り長者"と呼ばれてたいそう敬われたという話じゃ。
 それとじゃな、金沢という地名も、この藤五郎が砂金を洗った沢、つまり"金洗い沢"というんでついたんじゃそうな。兼六園の一角に"金城霊沢"という名の場所が今もあるが、ここがその砂金を洗った沢の跡じゃといわれる。

<「加賀金沢の昔ばなし」より>ホリカワHPにてお買い求めが可能です!
 
註:加賀の国山科・・金沢市山科。ここには国指定天然記念物「大桑層化石産地」があります。
  山芋(葉)・・・群馬大学 青木繁伸教授の「おしゃべりな部屋」より。
            芋は石川県内でも採れます。ごつごつしています。
  長谷観音・・・奈良県桜井市にある長谷寺の通称。
  金城霊沢・・・「金沢市観光協会」ホームページより。
          学問の神様菅原道真を祀った金沢神社の隣、兼六園に湧く霊泉。


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