「町内句碑めぐり【2】金剱宮」【週刊ウンチク】

白山市鶴来町、金剱宮の楚常句碑
お店ばたけ 週刊ウンチク
第432回(2009.8.6)
「町内句碑めぐり【2】金剱宮」
提供:明光自動車サービス
三納鶴仙さん

(明光自動車サービス(株)様は、2012年5月退店されました。記事は掲載当時の内容です。)


 

◆白山麓・石川県白山市鶴来の金剱宮には、楚常(金子楚常)の句碑があります。明光自動車サービス 会長の三納嘉一さんが執筆されている、地元鶴来の俳壇「高根社」の句会報からご紹介します。

◆町内句碑めぐり【2】金剱宮


楚常句碑人阿梨や窗の枇杷久婦山可良須  楚常

 昭和乙亥文月   鶴来保勝会

 人ありや窓の枇杷食ふ山鴉  楚常

 「ふるさと鶴来再発見」(平成十三年)は、元鶴来博物館長谷口正幸氏の著書であるが、楚常句碑など、非常に要領よく纏めて、そつがない。私はなるべくそれ以外のことを記そうと思う。

 かって自著「舟岡山」で、私は楚常句をとり上げて解説したことがある。
  さて、「楚常手向草」はその追善集で、昭和五年八月十五日。わずか十罫十二丁の罫紙を旧家金子家で発見した郷土史家武閑雲の眼識を高く評価したい。

 また、これを書写した金子鶴村(鶴村日記の著者)にも頭を垂れる。なぜなら鶴村の書写がなかったらおそらく大切にされず、反故の憂き目を見たかも知れない。そのとき金子家の系図と、追善集を発見した閑雲の驚きと雀躍ぶりは想像に余りがある。またこれが世に出るまでには閑雲と殿田良作の両コンビの力が預っていることは申すまでもない。

 
「楚常手向草」の跋(ばつ)には

風月の楚常子は、みそかなる剱の里より出て、世の人にかしつかれ侍る。
いまたかたくななる頃より、思を葛城の雲によそへ、行方を龍田の川の水に結び、 月雪にぬれ凋み、花紅葉にまとひありき、心痛みて、ことし廿(じゅう)とせあまり、この初秋のはしめ、はかなき露の形見になんなりぬ。残れる人すら、嘆きあいて、爰(ここ)につらね、かしこに言置しを、あら増にむすひ留て、手向草となし侍るならし。

 我もまた人の手向となりぬへし
    たか残りてか果てを見るらん
          壽夭軒 北枝拝跋
武閑雲は『楚常手向草』で(前文略)

 来る昭和十三年が恰度楚常没後二百五十年になるので、近隣湯屋の庭石を再三交渉し譲り受けた。
一昨年(昭和十年のことか)来、本会員の広瀬華石君の手で掘って、予定通り、その年の七月上旬に、楚常とゆかりのある金剱神社北参道の下に建設を竣(お)えた。碑の高さ五尺余、幅二尺六寸余-云々。

 字は経緯から武閑雲であろう。
  なお、平成十七年には、金剱宮御鎮座二千百年となり、楚常句碑は鳥居ちかくに移転し、周辺も綺麗に整備された。


  ※イタリック文字は事務局注


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