「町内句碑めぐり【4】良源寺」【週刊ウンチク】

石川県白山市鶴来上東町「良源寺」の句碑
お店ばたけ 週刊ウンチク
第435回(2009.8.27)
「町内句碑めぐり【3】良源寺」
提供:明光自動車サービス
三納鶴仙さん

(明光自動車サービス(株)様は、2012年5月退店されました。記事は掲載当時の内容です。)



 

◆白山麓・石川県白山市鶴来上東町にある良源寺には、秋の坊の句碑があります。明光自動車サービス 会長の三納嘉一さんが執筆されている、「高根社」の句会報からご紹介します。
◆町内句碑めぐり【3】鶴来別院(その2)

「良源寺」の秋の坊の句碑


佛負ふ檜笠の下や苅田道

 殿田良作「風騒人秋の坊」によると、「佛負ふ...」の句は、秋の坊が仏像の修繕が出来上がったので、友人の李東へ送るときに作った句であるという。
 この句碑は鶴来上東町の良源寺の境内にある。塀と塀の間を入り左を見ると、写真のような細身の句碑が見つかる。高さは一メートルあるかなしである。ただ石が軟らかいのか、風化が激しく、目を凝らさないと字は読めない。それも、以前から句を覚えているから読めるので、いずれ読めなくなるのは目に見えている。

 句を書かれた「可津」という方も、側面の「大正四年冬建立 芙蓉会」も近くの俳諧団体だろうと推測されるだけで、新しい資料が出ない限り不明である。秋の坊については、大河良一著「加能俳諧史」に載っているが、ここでは高木蒼梧の「俳句人名辞典」より引用して記します。


○秋の坊
 加賀鶴来の人。士途に就いたが、志を得ずして退隠、剃髪して寂玄と号し、卯辰山蓮昌寺内に「秋日庵」を結んで住み、北越蕉門の一名星となった。

  元禄二年芭蕉来遊の時、北枝(立花北枝 たちばな ほくし 蕉門十哲の一人)  と同日同席しながら一語も交わさなかったとか、寒さに堪えず、万子(生駒万子 いこままんし) に炭を乞うたとか(中略) ある年の正月四日友人李東が訪い来て対談中、「正月四日よろづこの世を去るによし」と口ずさんで、息が絶えたので、李東は驚きながらも、「稲積むと見せて失せけり秋の坊」と手向けたなど、逸話がこのほかにも多い人物だが、どこまでが真実であろうか。

  「正月四日」の句のことは同じ金沢人の闌更(高桑闌更 たかくわらんこう)編『俳諧世説』に載せるものであるから、秋の坊の辞世として信用する人が多いが、正徳二年開版の、これも金沢の百花堂文志編『布ゆかた』に、

  「諷竹追善
 正月四日よろづ此世を去るによし
                     凉菟」

とある。『布ゆかた』は秋の坊の没する七年前の出版物である。また、北枝とは犬猿の間柄のような伝説もあるが、北枝の『喪の名残』には北枝を賛嘆した跋文を秋の坊がしたためている。蓮昌寺の門を入ると、正面に「秋の坊」の三字を彫った石がある。寺の裏山の草に埋もれていたのを、近年ここに移したものという。没年は享保三(一七一八)年である。

※秋日庵 武閑雲は「秋日庵」の庵号が気に入って、これを頂戴したものであろう。




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