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「町内句碑めぐり【5】鶴来博物館」【週刊ウンチク】

鶴来博物館 月江庵累世句碑
お店ばたけ 週刊ウンチク
第436回(2009.9.3)
「町内句碑めぐり【5】鶴来博物館」
提供:明光自動車サービス
三納鶴仙さん

(明光自動車サービス(株)様は、2012年5月退店されました。記事は掲載当時の内容です。)


 

◆白山麓・石川県白山市鶴来朝日町にある鶴来博物館には、月江庵累世句碑があります。明光自動車サービス 会長の三納嘉一さんが執筆されている、「高根社」の句会報からご紹介します。

◆句碑めぐり【5】鶴来博物館

月江庵累世句碑

  東京深川で料亭「六方園」を経営して成功された当町出身の山田甚太郎氏が、昭和三十九年に町へ通称朝日城を寄贈された。これに新館を増設して昭和五十六年に町立鶴来博物館となった。
 その庭に「月江庵累世句碑」がある。これについては、平成十四年九月号の「ROOT」に谷口正幸さんが詳述されている。


月江庵累世句碑
梅遠しありあり川の見ゆる里  始祖 梅嶺
冷や冷やと裸まま寝た鴨川かな    桃渕
ひとおくれして笑ひけり越の山     寒谷
桃咲くや牛の値をける袖移し      旭染
継穂して幸ある雨を聞く夜かな     湖月
お薬師へつんつるてんの宿浴衣   安居
山骨にしみつく雨や枯尾花       眺水
一と雲の通りさめなりきりぎりす    笙仙
舟岡の遺趾に色添ふ遅桜       松栄
一山に音かきたてて寒嵐        外也

  昭和五十六年辛酉建立
                  高根社

始祖    碓井 梅嶺
二世    守部 桃渕
三世    池田 寒谷
四世    廣瀬 旭染
五世    瀬尾 湖月
六世    目名 安居
七世    常崎 眺水
八世    武部 笙仙
九世    松田 松栄
十世    松枝 外也


昭和五十六年十月十八日の句碑建立に合せて、朝日小学校礼法室で記念句会が開かれ、県内外から五百句の投句があった。
月江庵笙仙は、その挨拶の中で次のように記している。

(前略)遇々手取川採取の巨岩を見付け急速にこの句碑建立が進展し、同人諸士もさること乍ら、
町当局の絶大なるご支援により実現の喜びを領つことを得...云々。(後略)


今年になって、私は何回もこの句碑にカメラを向けたが、良い仕上がりにはならなかった。
わずか三十年の間に雰囲気がすっかり変わり、文字の白黒も鮮明でない。
経年変化だから、こればかりはどうしようもない。何やかやと考えながら、しばらく碑前に立ち尽くした。

◆リンク集

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「町内句碑めぐり【4】良源寺」【週刊ウンチク】

石川県白山市鶴来上東町「良源寺」の句碑
お店ばたけ 週刊ウンチク
第435回(2009.8.27)
「町内句碑めぐり【3】良源寺」
提供:明光自動車サービス
三納鶴仙さん

(明光自動車サービス(株)様は、2012年5月退店されました。記事は掲載当時の内容です。)



 

◆白山麓・石川県白山市鶴来上東町にある良源寺には、秋の坊の句碑があります。明光自動車サービス 会長の三納嘉一さんが執筆されている、「高根社」の句会報からご紹介します。
◆町内句碑めぐり【3】鶴来別院(その2)

「良源寺」の秋の坊の句碑


佛負ふ檜笠の下や苅田道

 殿田良作「風騒人秋の坊」によると、「佛負ふ...」の句は、秋の坊が仏像の修繕が出来上がったので、友人の李東へ送るときに作った句であるという。
 この句碑は鶴来上東町の良源寺の境内にある。塀と塀の間を入り左を見ると、写真のような細身の句碑が見つかる。高さは一メートルあるかなしである。ただ石が軟らかいのか、風化が激しく、目を凝らさないと字は読めない。それも、以前から句を覚えているから読めるので、いずれ読めなくなるのは目に見えている。

 句を書かれた「可津」という方も、側面の「大正四年冬建立 芙蓉会」も近くの俳諧団体だろうと推測されるだけで、新しい資料が出ない限り不明である。秋の坊については、大河良一著「加能俳諧史」に載っているが、ここでは高木蒼梧の「俳句人名辞典」より引用して記します。


○秋の坊
 加賀鶴来の人。士途に就いたが、志を得ずして退隠、剃髪して寂玄と号し、卯辰山蓮昌寺内に「秋日庵」を結んで住み、北越蕉門の一名星となった。

  元禄二年芭蕉来遊の時、北枝(立花北枝 たちばな ほくし 蕉門十哲の一人)  と同日同席しながら一語も交わさなかったとか、寒さに堪えず、万子(生駒万子 いこままんし) に炭を乞うたとか(中略) ある年の正月四日友人李東が訪い来て対談中、「正月四日よろづこの世を去るによし」と口ずさんで、息が絶えたので、李東は驚きながらも、「稲積むと見せて失せけり秋の坊」と手向けたなど、逸話がこのほかにも多い人物だが、どこまでが真実であろうか。

  「正月四日」の句のことは同じ金沢人の闌更(高桑闌更 たかくわらんこう)編『俳諧世説』に載せるものであるから、秋の坊の辞世として信用する人が多いが、正徳二年開版の、これも金沢の百花堂文志編『布ゆかた』に、

  「諷竹追善
 正月四日よろづ此世を去るによし
                     凉菟」

とある。『布ゆかた』は秋の坊の没する七年前の出版物である。また、北枝とは犬猿の間柄のような伝説もあるが、北枝の『喪の名残』には北枝を賛嘆した跋文を秋の坊がしたためている。蓮昌寺の門を入ると、正面に「秋の坊」の三字を彫った石がある。寺の裏山の草に埋もれていたのを、近年ここに移したものという。没年は享保三(一七一八)年である。

※秋日庵 武閑雲は「秋日庵」の庵号が気に入って、これを頂戴したものであろう。




◆リンク集


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石川県白山市鶴来上東町にある良源寺の句碑お店ばたけ 週刊ウンチク
第435回(2009.8.27)「町内句碑めぐり【4】良源寺」
提供:明光自動車サービス 三納鶴仙さん
(明光自動車サービス(株)様は、2012年5月退店されました。記事は掲載当時の内容です)

白山麓・石川県白山市鶴来上東町にある良源寺には、秋の坊の句碑があります。明光自動車サービス 会長の三納嘉一さんが執筆した「高根社」の句会報からご紹介します。


◆町内句碑めぐり【4】良源寺

佛負ふ檜笠の下や苅田道

殿田良作「風騒人秋の坊」によると、「佛負ふ...」の句は、秋の坊が仏像の修繕が出来上がったので、友人の李東へ送るときに作った句であるという。 この句碑は鶴来上東町の良源寺の境内にある。塀と塀の間を入り左を見ると、写真のような細身の句碑が見つかる。高さは一メートルあるかなしである。ただ石が軟らかいのか、風化が激しく、目を凝らさないと字は読めない。それも、以前から句を覚えているから読めるので、いずれ読めなくなるのは目に見えている。

句を書かれた「可津」という方も、側面の「大正四年冬建立 芙蓉会」も近くの俳諧団体だろうと推測されるだけで、新しい資料が出ない限り不明である。秋の坊については、大河良一著「加能俳諧史」に載っているが、ここでは高木蒼梧の「俳句人名辞典」より引用して記します。


○秋の坊
加賀鶴来の人。士途に就いたが、志を得ずして退隠、剃髪して寂玄と号し、卯辰山蓮昌寺内に「秋日庵」を結んで住み、北越蕉門の一名星となった。

元禄二年芭蕉来遊の時、北枝(立花北枝 たちばな ほくし 蕉門十哲の一人) と同日同席しながら一語も交わさなかったとか、寒さに堪えず、万子(生駒万子 いこままんし) に炭を乞うたとか(中略) ある年の正月四日友人李東が訪い来て対談中、「正月四日よろづこの世を去るによし」と口ずさんで、息が絶えたので、李東は驚きながらも、「稲積むと見せて失せけり秋の坊」と手向けたなど、逸話がこのほかにも多い人物だが、どこまでが真実であろうか。

「正月四日」の句のことは同じ金沢人の闌更(高桑闌更 たかくわらんこう)編『俳諧世説』に載せるものであるから、秋の坊の辞世として信用する人が多いが、正徳二年開版の、これも金沢の百花堂文志編『布ゆかた』に、

「諷竹追善
正月四日よろづ此世を去るによし
凉菟」

とある。『布ゆかた』は秋の坊の没する七年前の出版物である。また、北枝とは犬猿の間柄のような伝説もあるが、北枝の『喪の名残』には北枝を賛嘆した跋文を秋の坊がしたためている。蓮昌寺の門を入ると、正面に「秋の坊」の三字を彫った石がある。寺の裏山の草に埋もれていたのを、近年ここに移したものという。没年は享保三(一七一八)年である。

※秋日庵 武閑雲は「秋日庵」の庵号が気に入って、これを頂戴したものであろう。

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石川県白山市「鶴来別院」の句碑
お店ばたけ 週刊ウンチク
第434回(2009.8.20)
「町内句碑めぐり【3】鶴来別院(その2)」
提供:明光自動車サービス
三納鶴仙さん

 

◆白山麓・石川県白山市鶴来にある鶴来別院には、句佛の句碑があります。明光自動車サービス 会長の三納嘉一さんが執筆されている、「高根社」の句会報からご紹介します。

◆町内句碑めぐり【3】鶴来別院(その2)

鶴来別院の句碑


 鶴来別院の山門をくぐり、本堂に向かいながら歩くと、左に自然石を積んだ上に背の高い句碑をすぐ見つけることができる。高さは目測で地上五メートルもあろうか。

碑面には

鶴来別院遠忌   句佛

この遠忌に
    確信の縁も
      木々の芽も


裏面の刻字は


宗祖大御遠忌記念
彰如上人御染筆句碑
昭和十二年十月建立

寄進者 喜寿 板谷與十郎

後援者
          小堀 甚九郎
           酒井 甚一郎
      輪番 坂上 興隆

と読んで間違いなかろう。


彰如上人は東本願寺二十三世門跡。諱を光演、俳号を句佛と云った。
鶴来町史には次のように記されている。


彰如がはじめて来鶴したのは明治三十六(一九〇三)年で、二回目は明治三十八年十一月十六日であった。
次は大正六年十二月四日。続いて大正八年四月十二日。このときは親鸞六百五十回忌ご遠忌に参詣され、芽吹きのころの法要を思い、色紙に一句をしたためた。
これを拡大して碑面に刻したのが前者の碑面である。


  さて、碑の裏面に話を移そう。この中で板谷與十郎の文字が特別に大きい。

  たまたま彰如上人の染筆句碑を建立するに当り、句碑建立の趣旨に賛同した 板谷與十郎(俳号華翁)が、自ら喜寿の記念になることから、建設費用の半分を負担し、 残りを小堀甚九郎さんと酒井甚一郎さんで奉賀されたされたのではないかと推察する。

  先日、新町の酒井英次さんにお願いして華翁の生年月日を調べてもらった。 文久二(一八六二)年六月四日であった。試みにこれから喜寿を計算するとちょうど昭和十二年が華翁の喜寿の年であった。
建立の場所といい、句佛の書といい、後世に遺すべき文化財と思うがどうだろう。

  なお、華翁の傘寿記念には「鶴栖霊松」という冊子が刊行されている。
  逝去されたのは昭和二十年一月二十日であった。享年八十四才。

【三納鶴仙さんの「町内句碑めぐり」】
【1】白山ひめ神社
第一の句碑「風薫る越の白根を国の花」芭蕉 紹介記事はこちらです。
第二の句碑「大手取 故がね波宇つ 村の秋」一畝 紹介記事はこちらです。
第三の句碑「朝光の白山葱の先揃ふ」桜の園 紹介記事はこちらです。

【2】金剱宮の句碑「人ありや窓の枇杷食ふ山鴉」楚常 紹介記事はこちらです。

【3】 鶴来別院
第一の句碑「散るさ可里花の盛利や寺の萩」梅嶺 紹介記事はこちらです。
第二の句碑「この遠忌に確信の縁も木々の芽も」句佛 紹介記事はこちらです。


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お店ばたけ 週刊ウンチク
第433回(2009.8.13)
「町内句碑めぐり【3】鶴来別院(その1)」
提供:明光自動車サービス
三納鶴仙さん

 

◆白山麓・石川県白山市鶴来にある鶴来別院には、鶴来の俳壇「高根社」の始祖である梅嶺の句碑があります。明光自動車サービス 会長の三納嘉一さんが執筆されている、「高根社」の句会報からご紹介します。

◆町内句碑めぐり【3】鶴来別院(その1)

鶴来別院 梅嶺の日


散るさ可里花の盛利や寺の萩   梅嶺

昭和三十七壬寅歳 仲秋渟日 建立
発起 高根社
長基 梅渓
月江庵六世安居
外 同人

◆梅嶺
  碓井治郎左エ門は、寛政十二(一八〇〇)年に越中砺波石動福町 村中屋喜平次の弟として生まれ、文政二(一八一九)年
二月、十九歳で米屋七代幸右エ門の養子となった。若くして京の猪飼敬所に学び、帰ってから家業の酒造業を継いだ。それがコメヤ薬局の前身である。

 長基家では平成十一年四月に「加賀鶴来米屋四百年」を刊行された。
(現在のコメヤ薬局の社長長基健司氏は十四代目)

 梅嶺は、魯堂、桂舎、無味斉、月江庵とも云い、詩歌、俳諧、茶道にも堪能であった。勤皇の志にも厚く、天誅組(てんちゅうぐみ)の藤本鉄石らに軍用金を贈ったり、小川幸三らが京へ上るときは餞別を贈っている。

 そのほかに、天保十一(一八四〇)年の、月江庵社中「天満宮奉納千韻」(八十帖一巻)があり、梅嶺が後ろに跋文を書いている。
その他梅嶺の著作に「聴句要諦」「作句要法」や優れた俳文などが遺っている。

 先に目名安居が、碑石を見つけてあったので、碑文の文字は安居の筆である。
鶴来別院の本堂を、外から左奥に進むと、涅槃堂があり、その近くにこの句碑は建立されている。
私も月江庵を継いでいるご縁で、「句碑の由来」を撰し、僭越ながら書かせてもらった。


散るさかり 花の盛りや 寺の萩
            月江庵一世 梅嶺

 梅嶺は俳号である。 諱に顯古などがある。米屋八代目で、碓井治郎左エ門と称した。詩文・和歌を能くし、殊に俳諧に秀でて遺作が多い。
藩政期に組合員・算用聞役などの公職を兼ね、とりわけ勤皇の志に篤く、後年従五位を贈られた。
明治元年十二月十五日歿 享年六十九。
鶴来俳壇高根社の始祖として、いまも多くの市民から景仰されている。

 平成十八年八月吉日
            月江庵十二世 鶴仙書
 


【三納鶴仙さんの「町内句碑めぐり」】
【1】白山ひめ神社
第一の句碑「風薫る越の白根を国の花」芭蕉 紹介記事はこちらです。
第二の句碑「大手取 故がね波宇つ 村の秋」一畝 紹介記事はこちらです。
第三の句碑「朝光の白山葱の先揃ふ」桜の園 紹介記事はこちらです。

【2】金剱宮 紹介記事はこちらです。


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