歳時記・季節のお話の最近のブログ記事

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第50回「日本の歳時記・節分の装い」【週刊ウンチク】

第50回(2002.2.7)「日本の歳時記・節分の装い」
提供:おいしい店ドットコム 松本信之さん


節分に、炒りたてビーナッツのおもてなしはいかが?

せっかく四季に恵まれた日本に生まれ育ったからには、日本の風土が生みはぐくんだ、季節感にあふれた料理を家庭でも食べて欲しい物ですd(^-^)ネ!。
「節分には、料理屋さんでは節分らしい料理ってあるの?」
のぶチャンがお答えします。


■節分の装い

 料理屋では節分の時分に、「門守り」として柊の枝にイワシの頭をつけて邪気払いをした故事に因んで、料理のどこかに敷葉として柊の葉とイワシ料理を一品お客様にお出しします

 最近では窓の外は雪が吹雪いていても室内は快適なエアコンが効いているなどして、季節季節の節目がなくなりました。そのためお料理に季節を感じる物を盛り込むことによって、

 「嗚呼、今日は節分なんだ。」「もうじき春だね。」

などと、癒しの世界へとつらなるプロローグとなって、喜ばれています。

やわらかく、しっとり。おいしい店の甘さ控えめ黒豆甘納豆。

その他にも、「豆まき」に因んで大豆の煮豆や黒豆、最近では一捻りして生の(この生という事が重要ですよ)ピーナッツをいり豆にして、あるいは揚げたり、煮豆にしてお出ししたりします。
(おいしい店ドットコム目利きの生ピーナッツと、丹波黒豆甘納豆は、Webショップでお取り寄せできます)
 また、大根でマスを作って味を煮含めて、中に煮物(海老や魚など)を盛り込んだり、鬼の持つ金棒に見立てて、ナマコを干して味を凝縮させプリプリ感も追加させた、干なまこ(キンコ)を使ったりします。

もともと「豆まき」とは、冬から春が来る日を "一年の始まり"すなわち新年「立春(二月四日)」と考え、そうすると前日の二月三日は大晦日にあたり、そのため前年の邪気を全て祓ってしまうための追儺(ついな)の行事として行われたわけです。



■「巻き寿司の丸かぶり 」は、海苔屋のプロデュース

節分の日、スーパーなどに行くと、「節分用太巻き」というのが売っていますd(^-^)ネ!。

節分の夜にその年の「恵方(えほう)」を向いて、太巻き寿司を切らずにくわえ、無言で丸かじりすると、1年間よいことがあるのだそうですが・・・・・・・・  φ(□□ヘ) ナニナニ?

むかし(のぶチャンの小さい時)は、こんな事聞いたことがありませんでした。
金沢で聞くようになったのは、「小僧寿し」が進出してきた頃からでしょうか。20年くらい前かな~。

うちの年寄り(ワアー、オッカサン本当の事いってゴメン (^。^/) )に聞いても、
「サアー、そう言えば子供のときには無かったね~」って、
「でも、良い事があるのだから、食べなさいヨ」「しゃべったらダメ・ダメ!!」なんて。

じゃ、だれが、決めたんだヨ~!!  (・_・?)ワカラン

気にしたら、止まらない、のぶチャンが調べちゃいました。

もともとは愛知県の方の風習らしいのですが(大阪起源説もあり)、1977年に大阪海苔問屋協同組合が節分のイベントとして「巻き寿司早食い競争」を道頓堀で実施したところをマスコミが取り上げ、早速全国のお寿司屋さんがそれに便乗して,全国に広まったということが真相のようです。

なんと、マスコミに作られた風習だったのです。載せられたうちの年寄りがかわいそう。
「絶対 、二月三日には太巻き食べないぞ!」「海苔屋の陰謀にはのらないぞ!!」
と固く誓うのぶチャンでした。でも、他の日にはもっと食べるゾ~。

この日大阪梅田の阪神百貨店では巻き寿司がなんと、なんと4万本売れるとのことです。
全国では、何百万本売れるのでしょうかね~。
なお、「恵方」というのはその年に美しき歳徳神がいる方角で、今年 2002年は壬の方角(北やや西寄り)でした。

巻き寿司を使うのは「福を巻き込む」からで、「縁を切らないために包丁を入れない」ということで、まるごと食べることになったようです。巧い事、作りますネ。
お酒屋さん、お酒を飲むと良いことがある日なんて作ってくれない? ヽ(^^ ) ヨシヨシ
いつも、「あんた、何本飲んでるの、いいかげんにしまっし!!」と、奥さんに怒られて、奥さんに豆を撒きたくなる、のぶチャンでした。

お後がよろしいようで。 チャンチャン

第21回「土用の日」【週刊ウンチク】

第21回(01.7.19)「土用の日」
提供:越山甘清堂 徳山康彦さん

「土用の日」です。土用も年に4回あります。
立秋,立夏,立冬,立春の前18日間のことを言います。-知ってましたか?

7月では、「土用の丑」の日が一般に知られています。
今年の「土用の丑の日」は7月25日です。
夏負けを防ぐスタミナ対策として、うなぎが有名ですが、御菓子屋でも「土用」に関係した
ものがあります。

笹餅、ささげ餅、あるいは「土用餅」といわれている「餡ころ餅」の類のものがそうです。

今では、お店の店頭ですぐ買えるようになり、特別気にとまらない物になりましたが気にされて
買って行かれる方もまだ多く見うけます。


★金沢の季節・行事に関する風習と和菓子の情報が満載

第17回「氷室まんじゅうについて」【週刊ウンチク】

第17回(01.6.21)「氷室まんじゅうについて」
提供:越山甘清堂 徳山康彦さん

金沢名物「氷室まんじゅう」

■氷室 (氷室の日・7月1日)
 江戸時代から受け継がれる初夏の行事。7月1日は加賀藩が氷室に貯蔵していた氷を、幕府に献上していた日で、この日に麦饅頭を食べると、夏場を無病息災で過ごせるという習わしがあります。金沢では、この日になると多くの店頭に氷室饅頭が並びます。

 越山甘清堂では、白・赤・緑の三色の酒万頭を氷室饅頭として販売し、地元の人々に好評いただいています。


■なんで「まんじゅう」か、知っとるけ?

 氷室まんじゅうは、五代藩主前田綱紀公のとき、享保年間に片町の生菓子屋、道願屋彦兵衛の創案。陰暦6月朔日、宮中の節会(せちえ)のときに、桐の二重長持ちに入れて倉谷山の雪を将軍家に献上したのにちなんでいます。
 饅頭、というのは「よろずのかしら」だから縁起も良く、また、麦は雪に耐えて人に踏まれて、ビタミンもたくさんあって体にいいことからそれを氷室の日に食べたようです。
 また、もともと農家の麦の収穫期である6月に、塩味の麦饅頭を娘の嫁ぎ先に持っていったのが一般にあって、それをヒントに金沢の菓子屋が氷室と同じ時期のものだから、と餡を入れて氷室まんじゅうとして商品化し売るようになったという説もあるようです。

 饅頭は酒まんじゅうになりましたが、今でも家庭ではもちろん嫁入り先に持参して親戚・知人・近隣に分贈したり、会社・役所・商店などでは従業員に配ったりしています。一部ではまんじゅうにあんずや竹輪、米などを添える習慣のあるところもあります。

●参考図書
 十月社「金沢の和菓子」
 金沢生菓子専門店会「和菓子の栞」

 
■七月朔日・氷室の節句って、金沢だけなん?
これは徳山さんに訊きそびれたので、事務局が、ネットで調べました。

全国で、この節句が伝承されているのは金沢・京都・草津のみだそうです。

京都では7月1日に水無月(みなづき)というお菓子を食べます。
三角形で、白いういろうの上にあずきの層がのっています。
あずきの赤は厄よけの意味があり、氷室まんじゅうと同じく、食べると夏バテしないといわれています。

草津でも氷室の節句行事はありますが、お菓子を食べる習慣はないようです。

第10回「端午の節句」【週刊ウンチク】

第10回(01.5.2)「端午の節句」
提供:ホリカワ 花野美貴雄さん

★端午の節句
5月5日は「端午の節句」、男の子が健やかに成長することを願って鎧、兜や武者人形を飾ります。元々は中国からきた節会ですが日本の古代にも「薬狩り」といってこの日に菖蒲の葉を軒先につるし、ヨモギなどの薬草を玉にして五色の紐で巻いたものを作って厄除けをしたといいます。
江戸時代になって鯉のぼりや武者絵を庭先に飾っていたものが「贅沢禁止令」によって部屋の中に飾るようになったものです。鎧・兜は尚武のシンボル「力強く頼もしくあれ」の願いを込めて飾りましょう。

★鯉のぼり、鎧、兜飾り?
5月人形の飾りには大きく分けて、鯉のぼりや武者幟の外飾りと、鎧・兜や子供大将などの内飾りに分かれます。立身出世を願う「鯉のぼり」。子供の無事成長を願う「内飾り」。どちらにも意味があります。

★5月人形や鯉のぼりはいつ飾る?
4月中頃までには飾りたいものです。又、5月人形や鯉のぼりは飾るということが重要なので人形を買ったり、配達してもらうのは大安の日などにこだわる必要はありません。むしろ混雑する日曜日や、大安の配達をさける方が賢明です。そして一番重要なのは毎年人形を飾る事です。年1回のお祭りです。面倒くさがらずに、毎年人形を飾る事によって、家族の願いもきっとかなえられるでしょう。

★大空に悠然と泳ぐ鯉のぼりは、端午の節句のシンボル。
江戸時代の庶民の憧れと心意気をあらわすために作られた鯉のぼりは、最初は家の中で小さな幟に飾られていました。それが玄関先となりやがて堂々と大空のもとに・・・

★鯉のぼりに、力強い庶民の力を感じます。
鯉のぼりも年々華やかさをまして堂々とした大きなものに人気がありますが、上に黒い真鯉、下に赤い緋鯉、五色の吹流しは一番上に飾ります。中国では色に神が宿ると信じられ、赤、青、白、黒の4神と中央の黄色の霊力で邪気を払うといわれています。

第4回「金沢・歳時記 3月3日」【週刊ウンチク】

第 4回(01.3.22)「金沢・歳時記 3月3日」
提供:おいしい店ドットコム 松本信之さん

雛人形をかざり、桃の花、菱餅、菓子、白酒などを供え、白酒、菱餅、雛あられ、ちらしずしやハマグリの吸い物をいただく「雛祭り」は、上巳の節句、桃の節供、女の節供ともいう。
桃の節句ともいうが、実は生命力を、花の赤色に邪気を祓う呪力を認めたからである。

桃の花
『魔除けの霊樹』であり、宮廷の行事として12月晦日の「追難の儀」において、桃の枝、桃の弓、葦の矢で疫鬼を追い払うのに使用された。
金沢・小橋菅原神社では、節分の時、桃の弓で葦の矢を鬼に向かって射る古式ゆかしき「鬼やらい」の後、「加賀万歳」が奉納された。3月3日には、桃花餅を食べ、桃の湯に入り、桃酒を飲む風習もあった。桃の節句に桃の花を供えるのも農業に大事な時期に、物忌や祓えを行うにあたり、悪鬼をはらい豊作を祈る心が込められている。

曲水の宴
中国の漢代には水辺で身を清める節供行事であり晋代には杯を流水に浮かべて詩歌をよみあう遊びの曲水の宴が行われた。
日本にも伝わり、701年(大宝元)の3月3日には宮中で宴が催され、730年(天平2)には曲水の宴が設けられている。曲がりくねつて流れる水のほとりに座り上流から流れてくる盃が自分の前をとおる時、通り過ぎぬうちに歌を詠じて盃を取り上げて酒を飲みあった。
現在でも大宰府天満宮で古式ゆかしく行われている。

    曲水の 詩や盃に 遅れたる             正岡子規


雛人形
日本でも古くから、水で身を清めて穢(けが)れを祓(はら)う禊(みそぎ)が行なわれていたが、中国から形代(かたしろ)による呪法が入り、その一つが人形(ひとがた:紙・布・木などで人の形を模した呪具)で、身体をさすって身の穢れや病を移す事が行われた。この禊祓いや人形にこめられた思いが、中国の上巳節や雛遊びと結び付き、雛祭になっていったとみられる。

人形の考案が、日本中に一般化したのは江戸時代からだが、源流は古代の「人形信仰」にたどりつき、穢れを人形にうつして海や川に流した。これが室町時代に『流し雛』『雛送り』の風習を生んだ。

今も祭り終わったのち雛人形を川に流す流し雛の風習が各地にあり、穢れを祓う心を伝えるものと考えられている。(鳥取県八頭郡用瀬(もちがせ)町が有名)

金沢では、菱餅、いり米、いり豆、鯛や竹の子などの形をした金花糖を供えるが、これは1856年13代藩主前田斉秦が森八に作らせ、ひな祭りがすむと小さく砕き半紙に包み近所の家々に配るのがしきたりだった。

     雛祭る 都はずれや 桃の月           蕪村

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