石川発!お店探訪記の最近のブログ記事

catelogo130925.gif

(財)石川県産業創出支援機構「石川発!お店探訪記」金沢・加賀・能登 頑張るお店 では、石川県内の実店舗・ショップを訪問し、取扱商品の特徴・売れ筋、店づくりや店舗展開・経営方針、顧客サービスや今後の課題などを取材して、頑張っているお店の魅力を紹介していきます。

金沢・加賀・能登 頑張るお店 肉のいまえだ
河北潟ポークを看板に顧客本位の商いに邁進 肉のいまえだ

自らの手で飼料となる麦や大豆から育て、その飼料を中心に育てた豚肉を自店だけで販売する、100%商品に責任の持てる豚肉を販売している精肉店が、かほく市の宇野気駅前商店街にある「肉のいまえだ」である。
その自信作『河北潟ポーク』を看板商品に掲げ、地域に根ざした商いに邁進する今枝裕伸社長にお話を伺った。


●創業80年余の老舗
肉のいまえだ 店内
今枝社長の祖父は大工仕事をはじめとして様々なことをこなした器用人で、昭和初期に料理屋を開業したのが、食に関わる今日の商いの原点。その頃から養豚も手がけ始めていたという。
その後、2代目となる父が昭和44年に「肉のいまえだ」の旧店舗を構え、専門店として肉屋に専念することとなる。遡ること26年前、その父の後を継いだ裕伸氏が店の切り盛りを担当し、父が河北潟ポークの養豚に専念する形で今日に至っている。
「肉屋の商いは細く長く、利益は少ないが、地道にコツコツとやっていれば家族が食べていく分は何とかなるという思いでこれまでやってきましたが、BSE問題が起きた時は牛肉が全く売れなくなり、豚肉と鶏肉だけで、かなりきつかったです。」と当時を振り返る。
その後も後を絶たない食品偽装問題が相次いでいるが、「安全性にはずっとこだわってやってきていますが、お客様からすれば、どこでもそんなことをやっているのじゃないかという目で見られるだけに、なかなか大変です。」と唇を噛む。


●自家養豚の「河北潟ポーク」
河北潟ポークかほく市内の内日角(うちひすみ)地区に広さ1000坪あまりの自前の養豚場を所有し、200頭あまりの豚を飼育している。河北潟で自家栽培した麦と大豆を飼料として与え、身の締まりのいい豚を育てるべく邁進している。
「親父が一人で豚の世話をしているため、これ以上増やすことができず、量的には自店で販売する分を確保するのが精一杯なのが現状です。」と増産への思いを滲ませる。「河北潟ポークは生産量が少ないため、時期によっては店頭に商品がない場合もあるので、事前に問い合わせて欲しい」とのこと。
丹誠込めて育てた我が子同然の豚だけに、安全・安心という面では太鼓判を押せる商品である。そこまでこだわっている豚だけに「河北潟ポーク」をブランド豚として売り込むべく商標登録を申請するも、生産量が少なすぎて却下されたという。しかしながら、生産量が少ない稀少な豚の方が、消費者にとっては魅力的な食材でもあるわけで、そのあたりはPRの工夫次第でヒットする可能性があるのではないか。

同店の牛肉は、佐賀牛・能登和牛・上州和牛の3ブランドに絞って扱っている。なかでも社長の一押しは佐賀牛だ。生産量が多く、品質も安定し、価格も安定している。何よりも霜降りやサーロインのジューシーさは一度食べると癖になる美味しさとか。


●店頭販売のウエイトが拡大
河北潟ポーク
かつては、飲食店や給食関係の卸部門が店頭販売を大きく上回る商いをしていた同店だが、バブル崩壊後の長引く不況下にあって、駅前商店街にあった飲食関係の店が次々と廃業して半分以下となり、今では売上に占める比率が逆転し、店頭販売の売上が6割近くを占める。
平成17年に店舗を新築するまでは、日々の来店客数も少なく、先行きを不安視していたようだが、現在の店舗になってから来店客数は増加傾向で、順調に推移しているとのこと。 惣菜類の売上もなかなか好調のようで、コロッケ、トンカツ、唐揚げのほか、週1回木曜日の夕方限定で販売する肉団子は、販売開始から2時間で300本を売り尽くす人気ぶりだ。夕飯のおかずはもちろんのこと、学校帰りの高校生がおやつ替わりにコロッケを買って頬張る姿は昔も今も変わらない。


●お客様第一に徹す
和牛平成20年、イオンの大型ショッピングセンターが近隣にオープンする。「当分は影響を受けると覚悟していますが、その期間が3カ月なのか半年なのか、あるいは1年なのか、店頭はかなり暇になるだろう・・。」と予測する。
「環境はどうあれ、来店してくださるお客様を第一に、店売りの商いをしっかり守っていかなければなりません。」と自らに言い聞かせる。
このところの原材料高の影響で、豚肉と鶏肉の価格上昇が顕著だという。自前の河北潟ポークに食べさせる麦や大豆を育てる肥料の値上がり、配合飼料の値上がり、トラクターの燃料であるガソリンの高騰と三重苦である。こうした要因から小売価格が上昇するのはやむを得ない状況ではあるが、「当店の場合は、人を使わずに家族だけでやっているため、その分お客様に品質の良い肉を他店には真似のできない価格で提供しています。」とぎりぎりの努力を続けている点をアピール。


●お客様に喜んでもらうために・・・
休憩室兼焼肉コーナー「寒い時期に高校生たちが店の外で震えながらコロッケを食べている姿を見て、中に入って食べなさいと言えるような休憩スペースを作りたいと前々から思っていました。その思いをさらに発展させて、どうせ作るのならうちの商売にプラスになるように、新築するにあたって焼肉コーナーを併設しました。」と笑顔で語る。

店内の一角に設けられた休憩室兼焼肉コーナーは、肉だけ同店の商品を使うことを条件に、あとは野菜類、魚介類、アルコール等全て持ち込み自由で、燃料費等の実費だけをもらってスペースを提供している。このサービスはなかなか好評で、多い時期は毎週末に利用されているとのことで、店にとって新たな付加価値がプラスされた格好だ。


●お客様に美味しいものを提供する
今枝裕伸社長
何よりも自家養豚の河北潟ポークがあることは他店にない強みであり、この商品の肉質を高める努力を重ね、石川県を代表するブランド豚に育ててもらいたいものである。そのためにも、生産量の拡大と河北潟ポークを使用したウインナーなどの新たなオリジナル商品の開発が、ブランド化に向けての鍵を握ってくると思われる。
「お客様に美味しい肉を食べて喜んでいただきたいとの思いで、お客様に支えられ、これまで商いに専心してきました。これからもその気持ちを大切にして商いを続けていきたい。」と決意を新たにする今枝社長にとって、河北潟ポークをブランド豚に登録するという長年の夢が1日でも早く実現することを願って止まない。


インタビューを終えて・・・
家族経営だからできるリーズナブルな価格設定、アットホームな接客で、「いまえだへ行けば美味しい肉が買える」とお客様に思ってもらえる商いに徹する小売店の鏡とも言える店舗である。これからも家族が力を合わせて商いに邁進してもらいたい。

肉のいまえだ 外観

商 号 肉のいまえだ
住 所 かほく市宇野気り222-5
電話番号 (076)283-0047
創 業 昭和5年
営業時間 9時~20時
定休日 毎週月曜日(祝日の場合は翌日)


(財)石川県産業創出支援機構「石川発!お店探訪記」金沢・加賀・能登 頑張るお店 では、石川県内の実店舗・ショップを訪問し、取扱商品の特徴・売れ筋、店づくりや店舗展開・経営方針、顧客サービスや今後の課題などを取材して、頑張っているお店の魅力を紹介していきます。

金沢・加賀・能登 頑張るお店 リッチモント
美味しいケーキとパンづくりに父子で邁進 リッチモント

ロールケーキが美味しいと口コミで評判の店がかほく市内にあると聞き、早速伺ってみることにした。金沢から車を走らせかほく市内に入ると、かほく市役所の手前100メートルほどの右手にその店はあった。洒落た外観のケーキショップ「リッチモント」である。パン職人の父と共にケーキづくりに勤しむ2代目・南谷晃平氏にパティシエ魂を伺った。


●父の背中を見てこの道へ
リッチモント パン
父親が27年程前に、宇ノ気駅前の商店街の中で自家製パンとケーキを販売する店『リッチモント』を開店。父親の働く姿を子供の頃から眺めてきた晃平氏は、言われたわけではなく、自然とその後を継ぎたいと思うようになり、大学を出ると神戸の有名菓子店に修業に行く。
神戸でも人気の繁盛店で日々の仕事が次々とあり、苦労の連続だったようだ。

リッチモント パン
パティシエはマスコミ等で脚光を浴びる華やかな職業として人気が高い。そんな表面的な人気につられケーキ職人を夢見る若者の大部分は、実際の仕事がハードな肉体労働だけに、イメージしていたものとのギャップの大きさに半分以上が脱落していったという。
そんな厳しい修業の日々の合間を縫って練習を重ね、菓子コンテストに出場して優勝するなど、めきめきと頭角を現わし、4年半あまりの修業を経て家業を継ぐことに。


●新店舗で新たな出発
イートインスペース平成4年、駅前の商店街の中にあった店舗を現在地に移転し、平成15年、晃平氏が地元に戻ってくるのを機に、改装した。
「私の作るケーキは高級なものではなく、日々のおやつに食べていただく庶民的なケーキなので、店の雰囲気もできるだけ親しみやすく、シンプルで清潔感のある店にしたいと設計士さんにお願いし、木をふんだんに使いあたたかい雰囲気が醸し出されていると思います。」と店づくりへのこだわりを披瀝。

リッチモント 外観
その後、平成17年と18年に東京都洋菓子協会が主催する国内最大のジャパンケーキショーに出場し、並み居る全国からの競合を相手に、マジパン仕上げデコレーションケーキ部門において、2年連続銅賞を受賞。「自分のケーキ職人としての腕が認められたことは、私にとって大きな自信になっています。」と振り返る。


●ケーキづくりへのこだわり
チョコレートケーキ
ケーキづくりの工程で最も難しいのは、スポンジの生地を焼いたり、焼き菓子を焼く工程だ。生地の状態を見極め、最高の状態で仕上げるには熟練を要する。
また、ケーキの仕上げ工程で生クリームを生地にきれいに塗る作業や、上部の飾り付けもかなりの練習を重ねていかないと売り物になるケーキは作れないという。
看板商品であるロールケーキの生地は北海道産の小麦粉を100%使用し、砂糖だけでなく、三温糖やはちみつを使って味に食べ応えや変化を出しているとのこと。

抹茶と豆乳のデザート
秋限定ではあるが、地元かほく市産の栗「かほっくり」を使ったタルトも人気商品だ。
「かほく市内には、かほっくりの他、スイカやぶどうなどの特産品もあることから、地元の旬の食材を使っていますが、原材料費が高騰している折だけに、商品価格にあまり反映しすぎないよう、ケーキの大きさやデザインを変えることで、お客様に割高感を与えないよう工夫しています。」と、さまざまな努力を重ね、値上げ幅を最小限に留め、日々のおやつとして気軽に買ってもらえる価格帯を維持している。

食品偽装の問題が相次いでいるが、店としては仕入れ先の業者を信用するしかないのが現状で、信頼できるメーカーを選択するしかない。
「私ができることとしては、缶詰類は極力使わずにフレッシュなフルーツを使うこと。清掃をこまめにして店内の衛生管理を徹底することを日々心掛けています。」と力を込める。


●ロールケーキが看板商品
人気のロールケーキ
香林坊大和の地下食品売場において、週替わりでお店をローテーションする洋菓子フェスタコーナーが開催されている。そこで晃平氏がロールケーキを実演販売する機会があり、大盛況を博したとのこと。
「おかげさまでたくさんの方に買っていただき、その後かほく市の店まで買いに来て下さった方もいらっしゃいます。」と顔を綻ばす。「ロールケーキが評判になってきたおかげで、売上全体も伸びてきており、看板商品があるのとないのとでは雲泥の差があります。」と実感を込める。

店頭には、このロールケーキを含め常時20種類あまりのケーキがショーケースに並べられているが、ロールケーキとモンブランが人気を二分しているようだ。


●他にないオリジナルバースデーケーキも人気
バースデーケーキの写真お客様のリクエストに応え、ケーキの上にデコレーションを施したバースデーケーキも人気だ。ケーキに様々な絵を描いてくれる店はあるが、リッチモントの場合は、晃平氏のマジパン技術を駆使した立体的な造形で表現されているのが特徴だ。人気のキャラクターはもちろん、新幹線、車、飛行機、ロケットなどなど、子供たちの好きなものをケーキの上に立体的にデコレーションしてもらうことが可能で、まさに世界に1つしかないオリジナルのバースデーケーキができあがる。

バースデーケーキ
人気のキャラクターのどの部分を強調してインパクトを与えるか、そのセンスがなかなか素晴らしい。店内にこれまで手がけたバースデーケーキの写真が数多く飾ってあるが、これを眺めているだけでもワクワクし、ケーキを囲む家族の笑顔が見えてくるようだ。これをロールケーキに継ぐ看板商品としてPRすれば、きっと大ヒットするに違いない。
ケーキだけでなく、気温の下がる10月からはオリジナルの自家製ショコラの販売が始まるとのこと。どんな商品がショーケースを飾るのか、とても楽しみである。


●先ずは足元を固め次なる一歩へ
リッチモント 店内

「夢はいろいろありますが、まずはここで足元をしっかりと固めていきたい。そのうえで事業を拡大するチャンスに恵まれた場合でも、自分の目の届かない商売をしても意味がないと思っており、自分の目の届く範囲内の商いで、お客様に喜んでいただけることをいろいろとやっていくことができたらと思っています。」と堅実路線を宣言。
父はパンを焼き、息子はケーキをつくる、そんな父子の心地良い二人三脚の商いのこれからが楽しみである。


インタビューを終えて・・・
手に技術を持った職人の強みを痛感。32歳という若さだけに、この技術を十二分に発揮し、努力と研鑽を重ね、夢は大きく、着実に、実現に向けて邁進されることを願って止まない。

リッチモント 外観
商 号 リッチモント
住 所 かほく市宇野気ニ20-7
電話番号 (076)283-4678
創 業 昭和56年
営業時間 8時~20時
定休日 毎週火曜日


(財)石川県産業創出支援機構「石川発!お店探訪記」金沢・加賀・能登 頑張るお店 では、石川県内の実店舗・ショップを訪問し、取扱商品の特徴・売れ筋、店づくりや店舗展開・経営方針、顧客サービスや今後の課題などを取材して、頑張っているお店の魅力を紹介していきます。

金沢・加賀・能登 頑張るお店 加賀獅子頭 知田工房
魂を込めた彫りの技で、日本人の心を今に 加賀獅子頭知田工房

子供の頃に歌った「ドンドンヒャララ♪ドンヒャララ♪」という村祭りのフレーズを聞くと、日本人なら誰しもワクワクする。祭りと言えば太鼓と笛、それにめでたい獅子舞がつきもの。そんな日本の祭りに欠かせない獅子頭を製造販売しているのが、旧鶴来町は獅子吼高原の麓に店舗を構える知田(ちだ)工房である。
創業者である知田清雲氏と長男・善博氏父子、清雲氏の弟・勇吉氏と新吾氏、それに弟子の南勝幸氏の5人が一彫一彫に魂を込め、今日も獅子頭と対峙(たいじ)している。


●父と同じ道を歩む
知田清雲氏(右)と知田善博氏昭和8年、九谷焼の里・寺井町に生まれ、桐の産地だった旧鶴来町で育った知田清雲氏は、桐タンスを製造する仕事に従事する。そんなある日、獅子頭を入れる桐箱を製造している時に、『箱はどんなに美しく作っても所詮箱に過ぎない。この中に入れる獅子頭を彫ることこそが自分のやりたい仕事だ』と開眼。
17歳の時に加賀獅子頭の名匠・三階千嶺直門・林香堂師に弟子入りし、技術を習得し、以来60年あまりこの道一筋に研鑽を積んできている。

房主 知田清雲氏そんな父の姿を小さい時から見続けてきた善博氏は、「父から後を継ぐことに関しては一度も言われたことはなかったが、勉強よりもモノ作りが好きで職人になりたいと思っていました。それに何か見えない道ができていたような気がしています。素質はもちろん大事ですが、私自身は『好き』ということが一番重要な要素だと思っています。」とこの道に入った経緯を振り返る。


●獅子頭の材料は地元産の桐
chida_03.jpg
獅子頭を彫る桐の木は、地元鶴来の山林に自生しているものを伐採して使用している。 昔は桐のタンス・下駄など桐を使う商品があったが、現在では、そうした用途が激減し、桐を育てる職人もいなくなったため、昔植えられた木を切って財産を消費している格好だ。
ただ、年間に使う量が限られていることから当面は問題ないものの、近い将来は不安が過ぎる。

chida_04.jpg
通常、木材は乾燥させてから使用するが、獅子頭の場合は桐が乾燥してしまうと彫ることができなくなる。そのため、生木の状態でおおよその輪郭が分かる荒彫りの段階まで手を加えて置いてある。
特注の大きな獅子頭の注文が入った場合は、地元では桐の木が確保できず、全国から探し出す。獅子吼高原の獅子ワールド館に展示されているような大型のものになると国内では賄えず、巍魁(ぎかい)獅子頭はアラスカ産、黄金獅子頭は台湾産の木を使用している。


●祭りに欠かせぬ獅子頭
獅子頭お祭りの日程は決まっているため、注文を受けるとそれに間に合わせなくてはならない時間との闘いが始まる。それなら予め何体か彫っておけばいいと素人は考えるが、獅子頭はどれ一つとして同じ顔がない。それぞれの発注者が『我らの在所の獅子頭が一番』と思っていることから、注文を受けてから、そこに代々伝わる獅子頭と同じ顔を彫らなければならないからだ。
「お祭りの日に獅子頭がないのは最悪なことで、新作にせよ、修理にせよ、納期を絶対に守ること。これを第一に日々の作業に汗を流しています。」ときっぱり。
新しい獅子頭の注文は平均して年に1、2体、多いときで3体、大きさにもよるが1体を仕上げるのに半年から1年を要する。

一方、修理の依頼は年に10体ぐらいあるそうだ。「これがもしみんな同じ顔で良ければ、樹脂製や中国製の安価なものに取って代わられ、我々は生き残れなかっただろう。」と職人の誇りを垣間見せる。
獅子頭を彫る作業工程の中で、最も神経を集中させる難しい作業は、桐の丸太から獅子頭の大凡の形を決める最初の荒彫りの作業だという。ここを上手く乗り切れば獅子頭は完成したも同然という重要な工程なのだ。
知田工房では、原木から獅子の顔を彫るまでの工程を行い、そのあと、金具を付け、漆を塗り、金箔を貼り、真鍮の目を入れ、馬の毛を付けるといった分業工程が控えている。こうした分業で今まで行われてきていたが、時代と共に職人の高齢化が進み、後継者がいないことで廃れていく部分が生じ始めていることが、これからの大きな課題になってきている。


●各地の物産展は大切な営業の場
獅子頭の根付け
生活様式の洋風化に伴い、床の間に獅子頭を飾る家がほとんどなくなっている時代背景の中で、獅子頭だけではなかなか商売にならないと考え、干支の置物、ひな人形、獅子頭のミニ箸置き・根付けといった商品のバリエーションを少しずつ増やし、少しでも今の若い人たちに買ってもらえるモノづくりにも取り組んできている。

干支の置物
全国各地で開催される物産展に参加しての実演販売は、知田工房にとって重要な営業の場となっている。「本店にただ座っていてもお客さんは来てくれないわけで、年間に20回前後は物産展に参加して実演販売すると同時に、石川県に獅子頭を製作している知田工房があることをPRしています。物産展での根付けなどをはじめとした小物類の売上が商い全体の3割強を占めており、知田工房にとっては大切な仕事になっています。」と物産展への参加は、獅子頭のPRに不可欠な仕事であることを強調する。


● 我が子を送り出す親の心境
chida_09.jpg
「我々職人にとって一番嬉しいのは、完成した獅子頭がお祭りの場で舞っている姿を見ることです。と言っても目の前で見るのは照れくさいので、少し離れた場所からこっそり眺めていますが、この瞬間が職人冥利に尽きる最高の時ですね・・。」と顔を綻ばす。


● 全国発信の一助にホームページを開設
知田工房ホームページホームページはまだ一応作ってあるというレベルですが、開設して1年の間に、ホームページを見た沖縄県の方から注文が入り、遠く離れたところの方も見てくれているんだとびっくりしました。注文もさることながら、アクセスも徐々に増えており、そうして見て下さっている方がいることは嬉しい限りです。」と満足げ。


● 次代につなぐ
chida_11.jpg
善博氏の長男は中学一年生。今はクラブ活動が忙しいようだが、小学生の頃はよく祖父の横に座って、木を彫ることを楽しんでいたという。
三代目になるのかどうか、今は全く未知数だが、「本人が好きでやりたいと思えばやってもらいたいが、そうでなかったら無理にやらせるつもりはないが、息子が三代目を継いで頑張ってくれればそんな嬉しいことはないですね。」と顔を綻ばす。
「とにかく獅子頭を彫ることが楽しい」と語る善博氏の満面の笑みが印象的だった。


インタビューを終えて・・・
獅子頭を製造販売する知田工房にとって、獅子頭に関わる稀少な伝統工芸の技が途絶えていく気配が見え始めていることは深刻な問題だ。一端途絶えると復活させるのは至難の業であり、こうした後継者育成には行政の支援が不可欠である。ちなみに、金沢市では獅子頭の修繕費の7割を補助する制度があることから、修理の依頼がコンスタントにあるようで、こうした制度は仕事創出の一助になっている。


知田工房 外観
商 号 加賀獅子頭知田工房
住 所 白山市八幡町98
電話番号 (076)272-1696
創業 昭和28年
定休日 火曜日
URL http://www12.plala.or.jp/kagasisi/

(財)石川県産業創出支援機構「石川発!お店探訪記」金沢・加賀・能登 頑張るお店 では、石川県内の実店舗・ショップを訪問し、取扱商品の特徴・売れ筋、店づくりや店舗展開・経営方針、顧客サービスや今後の課題などを取材して、頑張っているお店の魅力を紹介していきます。

金沢・加賀・能登 頑張るお店 近岡屋醤油 株式会社
昔ながらの醸造法で醤油づくりに真心を込め 近岡屋醤油

能登有料道路を今浜インターで下り、今浜の風情ある街並みの中をしばらく走ると、歴史と伝統を感じさせる趣ある木造の醤油蔵が見えてくる。『ヤマチしょうゆ』のブランドで、大正時代から地元に親しまれている近岡屋醤油株式会社である。今も昔ながらの醸造法で醤油を製造販売する同社の近岡志緒美社長に、受け継がれる商いの心意気を伺った。


● ヤマチ醤油ができるまで
醤油の原材料は、良質な大豆と小麦、そして食塩からなる。醤油の風味は主にタンパク質、香りは小麦のデンプンであり、それぞれ微生物の働きによって醸し出される。

まず、圧力釜に大豆を入れ、そこに水を加えて蒸す。炒って砕いた小麦に蒸された大豆と種こうじを混ぜる。こうじ菌を利用し、こうじ室で3日間温度管理して醤油こうじを作る。そこに食塩水を加えてもろみ蔵で丸一年以上寝かせることで、もろみが醗酵し、醤油独特の色や香りに変化するのだ。できあがったもろみは、濾布に包んで平らにし、それを積み重ねる作業を繰り返すことで、その中から自然と醤油がしたたり落ちてくる。この状態のものが「生揚(きあげ)醤油」だ。
これを加熱殺菌し、醗酵を止めると我々が食卓で日々使う醤油が完成する。

自家製のもろみから全て手作業で仕込んでいる醤油蔵は、県内でも貴重な存在である。加えて当社は、前述の生揚げ醤油を使用している数少ない蔵だ。
石川県は甘口の醤油が好まれ、ヤマチ醤油には、濃口と薄口の2種類がある。さらに松と並に分かれ、松は刺身やおひたしなど直接食材にかけて食べてもらうべく生揚げの割合が高い醤油で、並は煮物など調味料として使ってもらうべく生揚げの割合を低くした醤油である。

chikaokaya_02.jpg
その他、濃縮タイプのだしつゆも製造している。このだしつゆは、京都の某湯葉専門店に湯葉のだしつゆとして納められており、大好評とのこと。その他、酢も醸造している。

「仕込み時期の温度管理にはとりわけ注意を払っていますが、それ以外の時期は、自然のあるがままの状態で寝かせています。何十年にもわたって醤油蔵の内部に定着している特有のこうじ菌がヤマチ醤油の味を守ってくれているのではないでしょうか。」と蔵の重要性を強調する。


● 嫁から嫁に受け継がれる醤油づくり
chikaokaya_03.jpg
大正時代から昭和初期にかけて、近岡家の親戚が自家用と近所に分ける程度に醤油を製造していたものの、後を継ぐ人がいなかったことから、近岡社長のご主人の祖母がそれを受け継いだのが同社のスタートである。その後、義父、義母、そして社長自身も嫁いできて義母からこの仕事を引き継いでいる。
このようにお嫁さんが代々商いを受け継ぎ、細腕で守り続けてきているわけだ。自身の子息は勤め人で後を継いでいないが、嫁いできたお嫁さんにこの仕事のバトンを渡すべく、目下根回し中のよう。

chikaokaya_04.jpg
「私自身サラリーマンの家庭で育ち、商売のことは一切分からないままの状態からのスタートでした。醤油の配達はかなりの力仕事だけに、女性の細腕で昔の10本入りの木箱ケースを運ぶのは至難の業で、配達の時は、最初に2本よけて8本だけ先に運び、後から2本持って行って箱に入れ、あたかも10本運んだかのようにしていました。とにかく、『醤油屋なのに10本入りの木箱も運べないのか』と言われるのが嫌で、そんな努力もしていました・・・。」と述懐する。


● ホームページでヤマチ醤油を発信
chikaokaya_05.jpg
少しでも新しい顧客獲得につながればとの思いから、専門業者に依頼してホームページを作成した。近岡屋醤油の歴史、商品の紹介・購入ページ、醤油ができるまで、おかみさん日記と題する日々のブログ、美味しいレシピと題する醤油を使った家庭料理の紹介から成っている。「ホームページを開設していなければ絶対に送ることのない九州や北海道にも商品を送ることができましたから、ウチの商品を知ってもらうという意味では、ホームページがあるおかげですが、商いのレベルで考えるとまだまだというのが現状です。」と自己採点は厳しい。
顧客から時々、ブログ「近岡屋醤油おかみさん日記」に対する反応も届いているが、それが売上に直結するまでには至っておらず、今後、改善していきたいとのこと。


●販路開拓と商品開発が今後の課題
chikaokaya_06.jpg
ヤマチ醤油は、能登方面では広く行き渡っているが、加賀方面は金沢市・野々市町あたりが南限とのこと。「販路開拓の努力が足りない面は否めませんが、金沢には大野醤油があり、その市場に食い込んでいくのはウチのような小規模な蔵には並大抵ではないですね・・。」と、参入の難しさと、生産量が限られていることのジレンマを滲ませる。

現状では、地元のスーパーをはじめとして能登地区の商店への卸部門が売上の7割あまりを占め、残りが小売という比率。
昨今の原材料の高騰で、同社もやむなく値上げに踏み切った。日々の生活に不可欠な醤油だけに、値上げしたことによる影響はほとんどないものの、それ以上に醤油の消費量そのものが年々減少していることが、業界にとっての課題であると同時に、その対応策として、様々な関連商品を販売するなど多品種化によって売上を維持する努力が業界全体で展開されている。そうした中にあって、同社の場合は限られた生産量とスタッフのため、多品種の醤油関連商品を開発することは容易ではなく、この点もこれからの課題である。


●次代につなぐ
chikaokaya_07.jpg「ヤマチ醤油の場合は、なんと言っても昔から醤油造りを続けてきているこの蔵が宝であり、蔵に宿っている特有のこうじ菌がヤマチ醤油を美味しくしてくれていると思っています。
昨年の能登半島地震でも幸いにして被害がなく、胸をなでおろしている次第です。
昔からのお客様から『やっぱりヤマチ醤油じゃないと』と仰って下さる皆様の期待を裏切らないよう、心をこめていい醤油を作ることを日々心掛け、ご注文をいただいたらすぐお届けできる「小回りの効く商い」がモットーです。小さいなりにも今日まで続けてきた商いなので、息子のお嫁さんが受け継いでくれ、さらに次代に繋いでいってもらえたらと願っているところです。
原材料の高騰、原油価格の上昇、醤油の消費量の減少等々、経営環境はなかなか厳しいものがありますが、お客様からの言葉を励みに頑張っていきたい。」と決意を新たにする近岡社長である。

インタビューを終えて・・・
小規模のメリットを活かした他にはできない醤油づくりこそが、同店の生き残りのポイントであると同時に強みにもなる。そうした観点からみると、一般消費者向けの既存の商品と同社の自信作である生揚げ醤油を活用したプロ向けの商品づくりが急務と思われる。小さいからできる希少価値を前面に打ち出した商品開発、ホームページを活用した販売促進戦略に注力することで、新たな可能性に期待したい。

近岡屋醤油 外観
商 号 近岡屋醤油(株)
住 所 羽咋郡宝達志水町今浜新イ108
電話番号 (0767)28-2001
創 業 大正8年
URL http://www.yamachi-shouyu.co.jp

ブログ
http://yamachi-shouyu.seesaa.net/


(財)石川県産業創出支援機構「石川発!お店探訪記」金沢・加賀・能登 頑張るお店 では、石川県内の実店舗・ショップを訪問し、取扱商品の特徴・売れ筋、店づくりや店舗展開・経営方針、顧客サービスや今後の課題などを取材して、頑張っているお店の魅力を紹介していきます。

金沢・加賀・能登 頑張るお店 御菓子処 中條
日本最古のおにぎりの里に因んだ商品づくり 御菓子処 中條

昭和62年、旧鹿西町の杉谷チャノバタケ遺跡から、炭化した米の塊が発見された。それは、弥生時代中期の「日本一古いおにぎりの化石」だった。以来、日本最古のおにぎりの化石が出土した町を発信すべく、旧鹿西町では、平成16年まで「おにぎりの里フェスティバル」を開催していた。そんな中、おにぎりをキーワードに新たな町の名物づくりに取り組む御菓子処 中條(ちゅうじょう)の中條一之氏にお話を伺った。


●中條のあゆみ
chujo1.jpg
創業の詳しい年代は不明とのことだが、現在のご主人・一之氏は4代目にあたり、創業から95年の歴史を有しているという。初代が河北郡津幡町で和菓子店を創業するも、2代目は昭和30年前後に繊維産業が隆盛を極めていた旧鹿西町の能登部駅前に店舗を移転する。その後、先代がロードサイドの現在地に店舗を移し、中能登町を代表する菓子舗として今日に至っている。

●古代米を用いた商品開発グループ「一(はじめ)の会」
chujo2.jpg
旧鹿西町で、平成4年頃から古代米づくりを始めた農家・谷喜義さんを中心に、平成11年に異業種交流グループ「一(はじめ)の会」が結成され、古代米を使った町おこしへの取り組みがスタートし、中條氏もそのメンバーの一員に加わる。
古代米を素材として、おにぎりの里を売り出せる商品開発に取り組む「一(はじめ)の会」のから、古代米を原料にした日本酒、地ビール、蕎麦、うどん、お茶、そして同店の菓子「一(はじめ)」などが誕生している。一(はじめ)の会という名称をつけたことから、開発された商品にもすべて一(はじめ)と付けられている。この会の活動はスタートから既に10年あまりが経過しており、過去に様々なメディアで取り上げられている。
古代米を用いて中條氏が最初に商品化した「一(はじめ)」は、黒米の粉末をスポンジ生地にほどよくまぶして蒸したどら焼きのような食感の菓子である。
現在の売れ筋商品は、古代米を使った商品が占め、季節によってシリーズで商品化している。


●「縁むすび誕生」
縁むすび
昭和62年に日本最古のおにぎりの化石が発見されたことに因み、平成元年から平成16年まで、毎年行われていた「おにぎりの里フェスティバル」において、何か自らも協賛できる菓子ができないものかと温めていた中から、「おにぎりの里を標榜(ひょうぼう)する町の銘菓として、自分たちが子供の頃に竹皮に包んだおにぎりを竹籠に入れて遠足などに持って行っていた、あのイメージを再現する商品を作りたいと思った。」と開発の動機を語る。
さっそく商品開発に取りかかったものの、饅頭の生地に米を付けることがとても難しく、生地に米を付けるちょうどいい配合の割合を見つけることに苦労する。その生地の中に餡を入れておにぎり同様に三角に握る成形もなかなか難しく、当初は試行錯誤を繰り返し、何度も失敗をくり返した中から、お餅でもなく、お団子でもない、不思議なお菓子「縁むすび」が誕生したのである。もちろん全て手作りで、ご主人と奥さんが一生懸命作り上げている。「1日に500~600個成形する時は、工場内がおにぎり屋さんのような状態ですよ。」と顔を綻ばす。
原料がお米ゆえに日持ちがせず、賞味期限は1~2日と短いが、冷凍したものを電子レンジで加熱または蒸し直しすることで、できたての風味が楽しめるという。それを焼くことで焼おにぎり感覚で賞味することもできる。

●こだわりのパッケージも好評
竹籠に入った縁むすび
縁むすびは、見た目はおにぎりなのに、食べるとおまんじゅうというギャップがなかなか好評のようだ。また、こだわりのパッケージに惹かれて購入する人も多く、食べた後も容器の竹籠は、小物入れなどに再利用できることから、ゴミの節減にもつながり、ある意味、地球環境にも優しい取り組みと言えるのではないか。ただし、この竹籠のパッケージに入った縁むすびを購入したい場合は、事前の予約が必要だ。いきなり来店しても購入できないので要注意。

●ホームページの開設で新たな需要を開拓
ネットショップを開設
同店のホームページは平成19年2月に開設したが、開設1年半足らずで既にホームページでの注文が全体の2割近くを占めるまでになっているとのこと。県内はもとより全国各地から注文が舞い込んでいるようで、リピーターの比率が高いのが特徴だ。「最初はどんなものか面白そうだから試しに買ってみようというお客さんが、話題性で注文してみたら美味しかったからまた買ってくださるというケースが多いです。」と満足げに語る。ホームページの運営管理はご夫婦でやっているが、最近は娘さんも手伝ってくれているとのこと。

●古代米は健康にも良い
chujo6.jpg
古代米は、現在の稲の原種である野生稲の特徴を受け継いでおり、現在の稲の祖先とされ、玄米の色から赤米、黒米、緑米などと呼ばれている。品種改良された現代の米に比べて収穫量は半分以下と非常に少ないが、現在の稲よりもたんぱく質やビタミン、ミネラル等々を豊富に含んでいることから、健康食品として近年脚光を浴びている。

●家族の温もりを大切にした商い
chujo7.jpg
金沢からの注文の場合は、宅配便だと翌日になるため、「あったかいものを食べてくださいと当日直接お届けしに行くと本当に喜んでもらえる」と嬉しそうに語る。「家族経営の小さな店なので、自分の目の届く範囲の規模を維持し、お客様とのご縁を大切にしながら菓子づくりに勤しみたい」と堅実な商いに邁進する姿勢を強調する。「縁むすび」は結婚式のお菓子としても重宝され、両家の縁むすびにも一役買っている。
また、今後の展開としては、「地元の食材を使った菓子づくり、例えば中島菜のような能登野菜や金時草のような加賀野菜を使った商品の開発、農家の人と一緒になって物づくりに取り組んでいくことに力を入れていきたい。」と地産地消への取り組みに意欲を覗かせる。

インタビューを終えて・・・
おにぎりの里で生まれた縁むすびというおにぎりの形をした菓子、商品が生まれた背景に日本最古のおにぎりの化石が発見された町という物語性があるのも強みではないだろうか。実に分かりやすくアピール度の高い郷土菓子を創造した中條氏。これからも地元に根ざした安全で安心できる健康にもいいお菓子づくりに邁進してもらいたい。

中條  外観
商 号 御菓子処 中條
住 所 鹿島郡中能登町能登部下92-26
電話番号 (0767)72-2070
FAX番号 (0767)72-2070
創 業 昭和初期
URL http://www.ishikawa-meibutsu.com/

前の5件 1  2  3  4  5  6  7  8  9

お店ばたけプラスホームページ

お店ばたけプラスホームページへ
ISICOバーチャルモール「お店ばたけプラス」は、(公財)石川県産業創出支援機構が運営するインキュベーションモールです。

最近のブログ記事

アーカイブ

ブログを購読する(RSS)

  • RSS2.0を購読する
  • RSS2.0を購読する