石川発!お店探訪記の最近のブログ記事

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(財)石川県産業創出支援機構「石川発!お店探訪記」金沢・加賀・能登 頑張るお店 では、石川県内の実店舗・ショップを訪問し、取扱商品の特徴・売れ筋、店づくりや店舗展開・経営方針、顧客サービスや今後の課題などを取材して、頑張っているお店の魅力を紹介していきます。

金沢・加賀・能登 頑張るお店 海の丘倶楽部
網元が朝獲れ鮮魚と真心でもてなす癒しの宿 海の丘倶楽部

 能登で水揚げされる、朝獲れの魚を堪能できる評判の宿が志賀町にあると聞き、早速取材に向かう。増穂浦海岸沿いの道から風車が林立する山の方へと車を走らせて行くと、木々の緑に囲まれた閑静な山あいにその宿「海の丘倶楽部」がある。
  我々を笑顔で出迎えてくれた三浦雄二社長に人気の秘密を披瀝願った。

●車エビの養殖に成功し、次なるステップへ
外国航路の船員だった三浦氏は、30歳の時に実家のある旧富来町に戻り、親のやっていた定置網漁を手伝い、3年後に独立し自らの定置網を持つ。ところが、思うように漁獲があがらず、どうしたものかと思案する日々が続いていた。
そんなある日、輪島の漁協が車エビの養殖に失敗したとの記事を目にし、個人でやればうまくやれるかもしれないと思い立つ。早速、輪島へ情報収集に出かけ、山口県の秋穂で車エビの養殖を盛んにやっていることを教えられる。
 現地へ出向き、自らの養殖にかける思いを熱く語ったところ、養殖会社の社長に熱意が伝わり、稚エビを分けてもらうことができた。それを持ち帰り、見よう見まねで始めたものの一年目は大失敗。悪いことは重なるもので、そんな折り、運悪く交通事故に遭い、入院生活を余儀なくされる。その間、養殖の参考になる本を読み漁り、山口県の岩国に車エビの養殖日本一の企業があることを知る。
 退院するやいなや飛んで行き、施設や養殖法を一通り見せてもらい、地元に戻ってそこを参考にして養殖池を作り直したところ順調に車エビが成長し、ほどなく養殖事業が軌道に乗る。

●生産した車エビを自ら販売する道を模索
客室
自ら生産した車エビを販売する施設を持ちたいと考え、旧富来町の県道沿いに魚屋を開店する。当初はたくさん売れて繁盛していたが、歳月の経過で世代交代が進み、魚を食べる需要が減り始めてきた。それを打開すべく飲食部門を併設し、獲れたての美味しい魚を食べさせる店を始める。
そうこうしている中で、「富山県氷見市の海岸沿いにホテルや民宿がたくさんあるが、よくよく考えてみると、私は自分で魚を獲り、市場に卸しているのだから、自分が宿を経営したらどうなるだろうか、と思うようになった。」と当時を振り返る。

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思い立つと実行しないと気が済まない性分の三浦氏は、即設計にとりかかったものの、客商売の大変さを知る身内から猛反対され、手付けまで打っていた土地も手放し、諦めかけていた。
そんなところへ、たまたま現在地を売ってくれるという人が現れるという縁もあって、紆余曲折を経て平成10年に「海の丘倶楽部」が誕生する。並行して、既存の魚屋を「車座」というレストランに作り替えしばらく営業するも、やはり主人が常にいない店はダメだと判断して撤収し、平成15年に海の丘倶楽部のレストラン部門として併設し、現在に至る。

● 接客は女将さん、誘客と魚は社長が担当
宴会場
「家内の実家が民宿を経営していたことから、接客は家内に任せれば問題ないと信じていた。ただ、計画当初から猛反対され、なかなか首を縦に振ってくれず、なんとか口説き落とした時に『私はお客さんを最高に満足した状態で帰すから、あなたはお客さんを連れてきてくださいね』と言われ、『よし、わかったぞ』と引き受けたものの、どうやってお客さんを連れてきたものか、皆目見当がつかず、そんな中でやり始めたのがラジオ放送だった。」と振り返る。
その効果もあって、ほぼ年中県内のお客さんで繁盛していたが、今ひとつ物足りなかった社長は、長野県の信越放送に番組を持ち、奥さんを前面に出してPRした。これが大ブレークし、近年の週末は長野からの宿泊客で全館が埋まる日も珍しくない繁盛ぶり。長野から能登まで車で5時間という距離は、泊まらないと来られない程良い距離で、リピーター客の比率がどんどん高まり、今では宿泊客全体の7割を占める上得意客になっているという。

客室からの景色
海のない長野県の人たちにとって、眼下に広がる日本海の景観はたまらない魅力で、朝獲れの新鮮な海の幸と並ぶセールスポイントになっている。「それまで新潟や富山へ出かけていた人たちだが、うちの魚を食べたら忘れられないと喜んでいただいています。ここへきて、自分がやりたいと思っていた商いがようやくできるようになってきた気がする。」と満足げに語る。


●一泊 10,500円、二人から舟盛り付き
料理
それにしても驚くのが当館の宿泊料金。なんと平日一泊二食10,500円で朝獲れの新鮮な魚料理を堪能できる。しかもこの料金で二名から舟盛りが提供されるというから驚きだ。これだけ満足感ある料理を堪能できれば、長野県の人たちがリピーターになって押し寄せるのも頷ける。とはいえ、経営面では厳しいのではと伺うと「網元の宿で私が魚を獲っているのだから、それぐらいしないとダメでしょ・・」と豪快に笑う。料理長はサラリーマンをしていた長男を呼び戻して修業させ、魚料理全般を女将さんと二人で日々こなしている。特に食べ物にうるさい宿泊客のために「豪華コース」も設定している。これは17,850円で、標準料理にあわびの姿焼きまたはさしみ、それに黄金蟹の焼き蟹が一パイ付く豪華版だ。野菜もほとんど身内が畑で育てた安心・安全な地物の野菜を使用し、文字通り地産地消を実践している。


●お客様の好意に支えられ感謝の日々
長野からの常連客は、農園経営者が多く、来館するたびに自らが栽培するりんご、桃、えのき茸、エリンギ、とうもろこし、アスパラ、枝豆等々をお土産に持参してこられるという。さらに収穫時期になると宅配便でどっさり送って下さるそうだ。こうした好意に能登の美味しい魚を送り、お互いの心を通い合わせ、感謝することしきり。こちらで食べた魚の美味しさが忘れられず、年に何回か鮮魚宅配便を注文する人も少なくない。「とにかくお客さんに満足してもらう、お客さんのために精一杯のおもてなしをさせてもらう、それを第一に考えて日々頑張っていますよ。」と力を込める。これを実践できるのも定置網を持っているからこそ成せる業であり、一度泊まった宿泊客の満足度の高さは容易に想像でき、現実に多くの宿泊客がリピーターとなっていることが何よりの証左でもある。

● 地震被害から復興し、日々頑張る夫妻
三浦雄二社長と奥様
能登半島地震の被害は大きかった。建物もかなりの被害を受けた。壁紙は破れ、クーラーの室内機が外れてぶら下がっていたという。車エビの養殖場も一つ崩壊した。「とにかく地震に遭ったことで一時やる気がなくなってしまった。精神的なダメージがとても大きく、災害は人の考え方をがらっと一変させるものですよ。」としみじみと語る。「落ち込んでいた我々に元気を下さった常連客の皆さんが、いつ来られても満足して帰ってもらえるように、気を抜かず、手を抜かず、精一杯のおもてなしをしていきたい。」と自らに言い聞かせるように語る。これまでの人生における幾多の困難を、知恵と努力で乗り越え今日を切り拓いてきた三浦氏だけに、一言、一言に重みと自信が漲っている。


インタビューを終えて・・・
新鮮な海の幸を売り物とする宿泊業にとって、自ら魚を獲っていることに勝る強みはない。新鮮な魚を限りなく安く入手できることで、信じられない低価格を実現し、宿泊客に喜ばれている。「商いが何とか回って、家族が食べていくことができれば、それで十分ですよ。」と言い切る三浦社長の男気が繁盛の秘訣のようだ。

海の丘倶楽部 外観
商 号 海の丘倶楽部
住 所 羽咋郡志賀町酒見2-29-3
電話番号 (0767)42-8188
創 業 平成10年
URL http://www.uminooka.com

(財)石川県産業創出支援機構「石川発!お店探訪記」金沢・加賀・能登 頑張るお店 では、石川県内の実店舗・ショップを訪問し、取扱商品の特徴・売れ筋、店づくりや店舗展開・経営方針、顧客サービスや今後の課題などを取材して、頑張っているお店の魅力を紹介していきます。


金沢・加賀・能登 頑張るお店 (有)谷口製菓
能登名物「おだまき」に愛情と真心を込め (有)谷口製菓

能登への玄関口であり、古くは宿場町としても栄えた旧志雄町は、麻糸の集散地でもあった。その麻糸を束ねて縛った形をおだまきと称し、この形を真似たまんじゅうがいつ頃からか正確な発祥は不明だが、旧志雄町の郷土菓子として親しまれていた。
昭和39年、旧志雄町内で菓子店を創業した先代がおだまきづくりに取り組み、現在は能登名物の一つとして谷口製菓の看板商品に育っている。郷土の歴史に根ざした菓子づくりに専念する谷口義則社長に思い入れを伺った。

●郷土菓子「おだまき」の由来
おだまき
そもそも宿場町として栄えた旧志雄町は、麻糸の産地として栄え、麻糸は束ねて縛った形で市場に出荷されていた。その縛った三角の形を小田巻(おだまき)の束と称し、その形にちなんで作られた菓子がこのおだまきである。かつては町内にあった数軒の菓子店で作られていたが、今は当店が唯一おだまきを製造販売している。
このあたりでは、昔から餡を入れて食べる餅や団子のことをその形にかかわらず、総称して「おだまき」と言っており、地元の人たちにとっては馴染み深い菓子なのだ。

●菓子づくりへのこだわり
おだまきの餡を巻いている、一見、餅のように見える生地は、地元石川産コシヒカリの米粉100%で、もち粉は一切使っていない。中の餡は北海道産の小豆を炊いたつぶ餡という、菓子としてはいたってシンプルな構成である。
「原料の善し悪しがもろに味に出てしまうため、原料には最大限の注意を払っていいものを厳選して用いています。そうしないと、商品の味が落ちてしまうことから、原料にはこだわらざるをえないのです。」と真摯な姿勢を覗かせる。
古くから近隣の所司原(しょしはら)地区で生産されている地元産の小豆を北海道産の小豆にブレンドして使うなど、地産地消にも20年あまり前から取り組んできている。

●宝達志水町誕生に合わせた記念菓子づくりが転機
バリエーションが豊富なおだまき
そもそもおだまきは、白生地で餡を巻いた一種類のみだった。2005年3月、押水町と志雄町が合併し宝達志水町になることが決まった際に、新聞記者が来店し、合併記念の菓子を作ることを依頼された。
ところが、谷口氏自身は2町合併に反対する旗頭的存在だったこともあって、「記念の菓子なんてとんでもない」と追い返していた。「何度断ってもしつこく来られ、あまりしつこいので、となりの押水町はイチジクが特産だから、イチジクを餡にしたおだまきでも作ればいいんか」となげやりなことを言ったところ、「それいいですね、明日写真撮りに来ていいですか」と記者に言われ、「ちょっと待ってくれ、今のは冗談で言っただけだ」といったやりとりの後、「商品化するかどうかは別として、記念の菓子を構想したというだけでもいい記事になるので是非作って欲しい」と懇願されたという。
しぶしぶイチジクのジャムを取り寄せ、餡に混ぜるとともに、生地も白のままでは中身が分からないことからピンクに色づけして仕上げると、新聞に紹介された。

商品
それが、新聞・テレビ・ラジオで大きく取り上げられ、やがて百貨店からも声がかかった。「田舎で商売をしてきて、百貨店から声がかかるなんて思ってもいない夢のような話だった。
白とピンクで紅白になったことで、内祝などの需要が急増し、例年の5倍近い売れ行きとなり、全て手作りの商品のため寝る間も惜しんで作りました。」と述懐する。それに続いて、よもぎ入り、そば粉入り、黒米粉にくるみ味噌餡入りと、あっと言う間にバリエーションが5種類に増えた。「金沢の五色生菓子にあやかり、五色揃えば縁起もいいのでは・・」と顔を綻ばす。

●地域とのかかわりを大切に
谷口義則社長
地元に古くから伝わる菓子だけに、おだまきの白い生地に何かを混ぜて色を付けるなどと言うことはもっての外と肝に銘じていた谷口氏だったが、その禁を破ったことで、結果として新しい道が拓けた。
この時の経験を登校拒否児童の通う施設で話したところ、先生から『子供たちも1年後にはどう変わるか分からない、頑張っていればいつか新しい活路が見い出せるんだと、すごく元気づけられました』と感謝され、自分自身にとっての激動の節目をその都度噛みしめている。子供たちに自らの経験を話し、一緒におだまき作りを体験する交流は十数年あまり続いているとのこと。
白のおだまきはいつ誰が作り始めた物なのか、歴史的な資料がないため不明だが、それ以外の4種類は谷口氏のオリジナルおだまきであり、自信をもってアピールできる自前の商品である。


●心をこめた菓子づくりがモットー
心をこめた菓子づくり
おだまきのバリエーションが5色になったことで売上が伸び、生産個数も急増している。「忙しくなっても手抜きや偽装は絶対許されないことで、原料にこだわり、一つずつ真心込めて手で作り、お客様においしいと言っていただける菓子づくりに邁進することを自らに言い聞かせて日々頑張っています。」と胸を張る。
おだまきには、創業者である父におだまき作りを薦めたお客さんの思いと、それに応えられる商品に作り上げた先代の努力、そしてその思いを大切に受け継ぎ、次代につなぐ商品展開を果たした谷口社長の親子二代の情熱が秘められている。

●商いの現状維持か拡大か、ジレンマの日々
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電話やFAXでの注文に応じクール便での宅配は行っているが、ホームページを開設してのネット通販は今のところ検討課題のようだ。商品が全て手作業だけに、ネット販売で大量の注文が入った場合に対応できるか、商品の質を維持できるか、まだ不安材料がある。と同時に、「現在スーパーや百貨店に商品を置いてもらっていますが、商圏を拡大する道を選ぶのか、遠くからでもここにしかない菓子としてわざわざ店まで買いに来てもらえる商いの道を選ぶか、私自身決めかねているのが正直なところなのです。」と揺れる胸の内を披瀝する。「相次ぐ食品偽装のニュースを見るたびに、口に入る食品を作ることの責任の重大さを痛感しています。」と改めて気を引き締める。

● 親の背中を見て子は育つ
高校3年の長男を筆頭に3人の子息全員が後継宣言しているそうだ。「みんながやると言われても困るが・・」と苦笑するも、「仕事が忙しくてほとんど子供たちを構ってやれなかったが、それでも我々の働く姿を見て育った子供たちがそう言ってくれるのだから、一生懸命やってきて良かったと思うし、後継者がいない同業者が多い中で本当に有り難いこと。」としみじみと語る。
手作りと品質管理の両立。自社商品の販売戦略。ネットの活用。この3点を熟考しながら、子供たちと肩を並べて菓子づくりをする、そう遠くない日を思い描く谷口氏である。

インタビューを終えて・・・
能登名物として歴史的な意義のある看板商品を持つ店の強みを痛感させられた。頑なに白に拘っていたおだまきが、合併を機にカラフルな5色にバリエーション展開したことで、新たな需要が喚起され、商売も大きく飛躍し、後継者難が多い業界にあって子息が後を継ぎたいと思う魅力ある店へと昇華している。既存の商品に付加価値をつけるヒントとして大いに参考になるモデルではないだろうか。

谷口製菓 外観
商 号 (有)谷口製菓
住 所 羽咋郡宝達志水町萩市へ9番地1
電話番号 (0767)29-2112
創 業 昭和39年
営業時間 7時~19時
定休日 第2・第4水曜日 


(財)石川県産業創出支援機構「石川発!お店探訪記」金沢・加賀・能登 頑張るお店 では、石川県内の実店舗・ショップを訪問し、取扱商品の特徴・売れ筋、店づくりや店舗展開・経営方針、顧客サービスや今後の課題などを取材して、頑張っているお店の魅力を紹介していきます。

金沢・加賀・能登 頑張るお店 蕎麦処 くき
能登の風土と家族の真心でもてなす蕎麦処 くき

蕎麦好きが高じて蕎麦屋になる。七尾市中島町にある蕎麦処くきのご主人、久木信雄さんもそんな一人である。国道249号線を北上し、道の駅「ロマン峠」を過ぎ、しばらく走ると「蕎麦処くき」の大きな木製看板が見えてくる。その先を右折し、坂道を下った閑静な集落の中に築120年の趣ある店舗がある。奥さんの美和子さん、長女の詞集(しず)さんの家族3人でもてなす蕎麦処くきの暖簾をくぐってみたい。


●蕎麦好きが高じ、自ら蕎麦職人の道へ
古民家を活かした店内
高校を卒業後、すぐ調理師を目指し、料亭で3年あまり修業を積んだものの、紆余曲折があってその道を断念し、サラリーマンに転身する。「料理人を目指していた頃は蕎麦には全く興味がなかったが、就職した会社は各地に営業所があり、福井の営業所で会議があった時に、手打ちのおろし蕎麦を初めて食べました。その時、こんな旨い物があるのかと蕎麦に目覚め、それからは仕事で行く先々で蕎麦を食べ歩くようになり、大阪勤務時代には、休日になると家内を連れて奈良や京都まで食べ歩きに行っていました。
そんな中でも京都の亀岡にある拓朗亭(たろうてい)という美味しい蕎麦屋に感動し、帰りの電車の中で『田舎に帰って蕎麦屋をやろうよ、今ならまだ新しいことにチャレンジできるから』と家内と意気投合し、今日に至っています。」と述懐する。
そうと決めると即行動に移し、33年間務めた会社を定年を待たずに退社。好きな蕎麦を商いにすべく、10年あまり空き家状態になっていた奥さんの実家を改装して店舗にすることとし、店の準備は完了。
最も重要な蕎麦打ちの修業は、たまたま遠縁に蕎麦屋を営む人がいたことから、その門を叩くも、蕎麦打ちを教えてもらうことは叶わず、「竹林舎 唐変木」を紹介され、そこで蕎麦打ちの修業を積む。しかしながら、教えてもらえたのは蕎麦打ちのみで、蕎麦つゆについては全く明かしてもらえなかった。結局独学で関連する書物を読みあさり、自ら試行錯誤を重ねオリジナルの蕎麦つゆに辿り着き、開店を迎えることができた。


●唐変木な仲間たちの活動
九谷焼の食器類が並ぶ
唐変木のそば仲間で、玄蕎麦やからみ大根の共同仕入れを行ったり、勉強会の場を設けて互いに切磋琢磨している。また、自分たちのできる範囲のことをやろうとの思いからボランティア活動にも積極的に取り組んでいる。平成19年は、能登半島地震で被災した門前・穴水の人たちに手打ち蕎麦を振る舞って激励したり、石川整肢学園の子供たちや、親がいても育てられない子供たちが入所している梅光児童園の子供たちに、蕎麦打ちや蕎麦切りを体験してもらい、自分たちで打って切った蕎麦を食べてもらったという。さらに、唐変木な仲間たちの店が協賛してスタンプラリーを実施しており、全店を食べ歩いてスタンプが揃うと1000円分の食事券がもらえる。
蕎麦は、粉によって、打ち手によって味が変わるだけに、グループの店を廻ることで、いろんな味・喉ごしの蕎麦を楽しむことができる。


●能登半島地震に負けずに・・
「能登半島地震が発生した平成19年は、1月から地震発生まで対前年2割アップで売上が伸びていたので、今年はかなりいい成績が期待できるかもしれないと胸を膨らませていたところへあの地震が発生しました。大きな被害こそなかったものの、客足がぴたりと止まり、2週間の休業を余儀なくされました。その後、営業を再開したものの客足が伸びず、ゴールデンウィークも対前年よりも少なめだったことから、今年はかなり落ち込むなぁと覚悟していました。それでも一年を絞めてみると、対前年96%とわずかな落ち込みで済みました。これもお客様がいろんな方に私の店を紹介して下さったおかげです。」と感謝することしきり。
店舗が七尾市中島町にあることから、平日は地元七尾市や周辺の穴水町、志賀町、中能登町からの来店が多いが、週末になると金沢、珠洲、遠くは富山からの蕎麦好きの人たちで賑わっている。


●蕎麦処くきのこだわり
田舎せいろ(十割蕎麦)
くきの蕎麦は、北海道幌加内産の蕎麦粉をメインに使っている。しかも玄蕎麦で仕入れて自家製粉まで行っているのは、グループの中でもここだけである。「蕎麦は単純な食べ物だけにごまかしが利かず、開店して丸5年になりますが、いまだに心底満足できる蕎麦を打てていないですよ」と奥の深さを強調する。
通常は、単品メニューの他におまかせコース(2,000円)、蕎麦御膳(3,150円)があり、冬場はそれに牡蠣コース(2,500円)が加わり、常連客や観光客に好評だ。
「家内と二人だけで調理しているため、つまみの品数の点では物足りないものがあるかと思いますが、コースを予約して下さったお客様には、だし巻き卵や蕎麦がきの素揚げなどのリクエストにもお応えしています。」とサービス精神旺盛だ。さらに、料理と言えば、それを盛りつける器も重要な要素になるが、九谷焼の窯元が同級生にいることから、ご主人が注文した粗い土で焼成した絵付けのない、土の風合いを活かした蕎麦猪口や湯飲み、皿などの器類で蕎麦や料理が供され、くきの蕎麦をより一層引き立てている。
お酒は能登の竹葉・誉・宗玄、加賀の手取川・菊姫・天狗舞と地元産を取り揃えている。蕎麦メニューの中でもつなぎを入れない1日限定10食の十割蕎麦は、他の店では味わえない蕎麦本来の香りと独特の食感を堪能できるお薦めの逸品だ。


●ほっとするもてなしが信条
くきオリジナルの椅子
蕎麦処くきの店舗は、築120年になる奥さんの実家を改装しただけに、玄関から中に入ると、昔懐かしい田舎の我が家に帰ったような得も言われぬ安堵感に包まれ、まさに癒しのひとときを過ごすことができる空間だ。「年配の旅行者から『子供の頃に住んでいた田舎の家に帰ったようだ』とよく言われます」と満足げに語る。
娘の詞集さんが、両親の愛情がこもった料理を真心込めてサービスする姿はとても微笑ましく、親子のあうんの呼吸の成せる業である。将来的には詞集さんが父の後を継いで蕎麦処くきの二代目になるそうで、既にご主人が蕎麦打ちの指導をしているとのこと。「女性には大変な仕事ですが、娘の蕎麦打ちはなかなか筋がいいので、将来が楽しみです」と嬉しそうに語るご主人の笑顔に見送られて店を後にした。


■インタビューを終えて・・・
蕎麦は、打ち手の人柄が見事なまでに表現される食べ物である。くきの蕎麦は、物腰ソフトで温和なご主人の人柄が反映された優しく、穏やかな仕上がりになっている。親子の呼吸がぴったりと合った絶妙のもてなしに「ほっ」と一息ついてみませんか。

(平成20年3月取材)

くき 外観
商 号 蕎麦処 くき
所在地    七尾市中島町小牧ラ部69番甲地
創 業    平成15年
電話番号 (0767)66-6690
営業時間 11時30分~18時00分
(蕎麦がなくなり次第閉店) 
定休日 毎週水曜日
URL http://www.kukisoba.com


(財)石川県産業創出支援機構「石川発!お店探訪記」金沢・加賀・能登 頑張るお店 では、石川県内の実店舗・ショップを訪問し、取扱商品の特徴・売れ筋、店づくりや店舗展開・経営方針、顧客サービスや今後の課題などを取材して、頑張っているお店の魅力を紹介していきます。

金沢・加賀・能登 頑張るお店 みそまんじゅう本舗 竹内
みそまんじゅう一筋に最善を尽くす みそまんじゅう本舗 竹内

「竹内のみそまんじゅう♪、田鶴浜のみそまんじゅう♪・・・」このCMフレーズを知らない人は恐らく石川県民にはいないのではないだろうか・・・・。
単純なフレーズだが、誰もが知る童謡のリズムに載って繰り広げられる滑稽なCMのインパクトはなかなかのもの。そんなアイデアマンの父から事業を継承し、能登にみそまんじゅうありと自他共に認める商いを確立させた二代目・竹内大希社長にみそまんじゅうへの思い入れを伺った。

●後発として特徴ある商品開発に腐心
名物 竹内のみそまんじゅう創業者である竹内社長の父は、学校を出ると県外へ菓子職人目指して県外に修業に行き、昭和43年に、生まれ育った田鶴浜に戻り菓子屋を開業する。当時は、昔から田鶴浜で商いをしている菓子屋の商品でないと菓子でないという風潮が強く、そんな環境下で商売を始めただけに、当初は苦労の連続だったようだ。
地元で認められるためには、同じ饅頭でも他にない個性的なものにしなければと、試行錯誤を重ね、何百種類と試作した中から、3年あまりの歳月を経て、ようやくみそまんじゅうに辿り着く。
あくまでも数ある商品アイテムの一つに過ぎなかったみそまんじゅうだが、他店にない味が受け、次第に売れ行きが伸びていった。そんな折り、縁あって能登地区のドライブインに商品を置けるようになる。それから間もなく和倉温泉の旅館にも商品を入れることができ、売上は右肩上がりで伸び始め、能登・田鶴浜の土産菓子としてみそまんじゅうが認知されるようになった。

●食の安全・安心は当たり前のこと
竹内 店内の様子
「きれいな所で仕事をしないといい商品はできない。これが私のポリシーです。工場内を見ていただければ一目瞭然だと思いますが、県内の同業者の工場の中でも屈指の清潔さだと自負しており、衛生面には最大限の注意を払っています。
原料の北海道産小豆はもちろんのこと、一番いい材料を使って、一番理想的な作り方で製造しており、それで美味しいか、美味しくないかはお客さんの判断ですが、今できる最高の菓子づくりをやっているわけで、これ以上は手の打ちようがありません。」と最善の努力をしていることを強調する。

「食べ物は味が勝負だと私は思っています。菓子箱や包装紙などのパッケージがやたら凝ったものになっていても、食べてみてがっかりという菓子がたくさんあります。うちはパッケージはシンプルに、中身にコストをかけて味で勝負しています。七尾市周辺でしかみそまんじゅうは買えないので、金沢方面からもわざわざ七尾まで買いに来てもらえるまんじゅうづくりが私のポリシーです」と力を込める。

●できたてを目の届く範囲でのみ販売
1日限定75個のクレープ 本店でのみ販売する自らの目の届く、毎日持って行ける範囲内にしか店舗を構えていないのも、できたての美味しいものをお客さんに食べてもらいたいとの思いからだ。「以前は金沢市内のショッピングセンターにも商品を置いていましたが、七尾から金沢まで配送するタイムラグが発生し、味に対する絶対的な自信が持てなかったことから、敢えて金沢市内のショップから全て撤退しました。売上的にはマイナスになることは覚悟の上でしたが、七尾まで買いに来てもらえる商品にしようと意気込みがあったからです。」と鮮度へのこだわりを披瀝。
そうした観点から、同社のホームページは、あくまでも店頭で購入したお客さんやお遣い物でもらったお客様が、もう一つ欲しいと思った時に、箱に印刷されているURLから通販で購入できるようにというサービスとして位置づけており、ネット販売に力を入れる考えはない。それは、何よりもできたての商品を店頭で手渡ししたいとの思いが強いからに他ならない。

●機械が一番衛生的
竹内のマドレーヌ しなもんど同社では20年あまり前から、みそまんじゅうの製造を機械化している。大希氏が大学を卒業して、戻ってきたのが平成元年、職人の平均年齢は57歳前後。「後継者育成を考えた時、10年後には誰もいなくなることに愕然とした」と述懐する。
その当時は、今と違って手作りが一番という時代だっただけに、かなり抵抗はあったようだが、長い目で考え製造ラインを機械化することを決断。機械化したことで、人が商品に手を触れるのは、個包装された商品を箱に詰める最終工程のみとなり、衛生面で安全この上なしとなった。しかも、職人の育成はなかなか大変な上に、ようやく一人前に育てたところで辞められたのでは目も当てられない。その点も全て機械化したことで、人件費を大幅に削減でき、商品が均一化し、なおかつ衛生面でも完璧と、いいこと尽くめとなり、1個100円という低価格を実現してきたわけだ。
昨今の小麦を始めとした原材料のコストアップにより、平成19年12月に1個120円に値上げしたとはいえ、職人を使っていたらこの価格は不可能である。

●CMは口コミの補助
限られた15秒の時間内でインパクトのある奇抜なことをやらないと印象に残らないと先代が頭をひねり、当時は、大手メーカーの社長自らが出演するCMが流行していたこともあり、先代社長が自らCMに出ることにしたという。大希氏が後を継いでからも、先代のCM路線は基本的には変えず、少しアレンジを加えた形で継続している。
「せっかく父が遺してくれた財産でもあり、聞き慣れたリズムを活かしながら、時代に合わせて新しくしてきています。とはいえ、テレビCMはあくまでも口コミの補助であり、テレビCMをしたから売れると思ったら大間違いです。口コミが一番大事だということを勘違いしてはいけない。」と自らの経験に照らし力説する。

●あくまでも「みそまんじゅう」が看板商品
竹内の洋菓子 ふっくら先代が考案したみそまんじゅうに並ぶ新商品を開発する考えはないか尋ねたところ、「それはありません。うちはみそまんじゅう本舗ですから」と即答された。「みそまんじゅうを邪魔しないように、援護するような商品展開をしていかないと本末転倒になります。どうしても新たなものがやりたくなった時は、別会社を設立してやりますよ。」と明言する。
「ふっくら」「情々餅」「しなもんど」を開発したのもそんな思いからで、従来は、みそまんじゅうの10個入り、15個入り、21個入りだけだったが、時代の流れで核家族化が進み、一家族が3-4人となると、15個入りをもらっても、昔のように近所にお裾分けもできないとなると、食べきれない。餡の嫌いな子供さんにも食べてもらえる洋菓子をみそまんじゅうと詰め合わせすることが狙いで、もらう側の立場になっての商品開発であり、あくまでもみそまんじゅうを援護する商品の一つと捉えている。
「業績好調の間に次なる新商品を開発し、いつでも店頭に出せる状態で準備だけは常にしてあります」と、正に備えあれば憂いなしの経営を実践するみそまんじゅう本舗竹内である。


■インタビューを終えて・・・
観光客や遠方から買いに来るお客の立場になって考え、本店横に外から自由に入れるトイレを併設してある配慮にまず感心させられた。店内はもちろん、工場内も整理整頓され、清掃が行き届き、気持ちの良い環境で品定めができる店づくりが徹底されており、地域一番店の鏡と言っても過言ではない。


(平成20年3月取材)
竹内 外観商 号 (有)みそまんじゅう本舗 竹内
所在地    七尾市田鶴浜町を部14番地
創 業    昭和43年
電話番号 (0767)68-2053
営業時間 8:00~18:00(本店)
定休日 毎週木曜日
URL http://misoman.com

(財)石川県産業創出支援機構「石川発!お店探訪記」金沢・加賀・能登 頑張るお店 では、石川県内の実店舗・ショップを訪問し、取扱商品の特徴・売れ筋、店づくりや店舗展開・経営方針、顧客サービスや今後の課題などを取材して、頑張っているお店の魅力を紹介していきます。

金沢・加賀・能登 頑張るお店 久世酒造店
水と自社酒米にこだわり、伝統の味を今に 久世酒造店

遡ること222年前から、自社で酒米を栽培し、地元の地下水を仕込み水に用い、昔ながらの伝統の製法で、秘伝の味を受け継いでいる酒蔵が津幡町の久世酒造店である。
最近でこそ、自社で酒米を栽培するところが出てきているが、創業時から続けている酒蔵はおそらく国内でも同社だけであろう。原料の酒米と水にこだわった酒造りを八代目当主・久世一嘉社長に伺った。

●酒米、水にこだわった酒造り
久世一嘉社長久世酒造店の酒は、創業した天明6年(1786年)以来、自社の田圃にて独自の酒米「長生米」を育て、代々品種改良を重ね、心白(酒米の芯)が大きく酒造りに適した酒米を原料に、仕込み水は自社の地下水と霊水「清水(しょうず)」の湧き水を使い分け、昔ながらの手造りで代々受け継がれてきている。
かつて津幡の造り酒屋は、清水の湧き水を仕込み水として使っていたが、自社の敷地に井戸を掘り、その井戸水を使うようになってから、長い間清水の水は使われていなかった。それを今から17年前に久世社長が復活させたのだ。この湧き水は軟水のため、まろやかでふくらみのある女性に好まれる優しいお酒ができあがる。
長生舞の清水仕込みは年間5000本しか仕込めない限定品でもある。一方、自社の井戸水は硬水で、切れ味のいいドライな男っぽいお酒ができあがる。一つの蔵で硬水と軟水の両方を使って仕込んでいるというのも珍しいこと。

●酒蔵見学も歓迎
自家製の奈良漬け和倉温泉の旅館に同社の商品がお土産として置いてあることから、「酒蔵見学が出来ないか」との宿泊客の要望に応える形で、かなり前から酒蔵見学を受け入れている。
仕込みの期間はもちろん、そうでない時期も希望があれば酒蔵に入ってその空気を感じることができる。そんな時は、自家製の奈良漬けなどの漬物を提供し、試飲もできるようになっている。自家製の奈良漬けはもちろんのこと、粕風味の浅漬けを漬け込むための酒粕(塩粕)も一袋150円で購入できる。
最初の2-3回は短時間で美味しく漬かり、野菜の水分が粕に混じって薄くなったところへ塩を少し加えることでかなり長い間使えて重宝する。

●特約店開拓に努力
長生舞を全国区に育てるべく、東京での特約店づくりに余念がない。都内で開催される北陸の地酒を紹介する試飲会等にも積極的に参加している。その際、硬水と軟水の両方で仕込んでいる長生舞に来場者の関心も高く、そんな縁で東京に特約店が少しずつ増えてきている。
県内は小売店の廃業等で売上は漸減傾向にあるが、県外は少しずつ伸びてきているという。

●酒造りの原点に回帰
純米大吟醸 能登路平成19年の冬から、杜氏親子と社長親子の四人で新酒の仕込みを始めている。
「杜氏さんの指導の下、私たち親子も一緒に酒造りに取り組んでいます。
これまで手伝い程度はしたことはあったが、今年は最初からずっとかかわり、夜中の1時に起きて30分程作業し、一旦寝て5時半からまた作業をするという形で、頑張っています。
息子には営業をやらせていますが、夜から朝にかけては杜氏さんに怒られながら一つ一つ酒造りを覚えている段階で、一人前になるまでには何年もかかると思うが、9代目として頑張ってもらうために、長い目で育てていきたい。」と我が子を見守る父親の眼差しに。

●超古大吟 長生舞 嘉左ェ門(22年古酒)
創業222年にちなんで作られた限定酒「超古大吟 長生舞 嘉左ェ門」創業220年の節目を記念し、平成18年に20年ものの大吟醸を四合瓶に詰め1本1万円で220本を限定販売したところ好評を博した。
当初、5年スパンぐらいで古酒の限定販売を計画していたが、たまたま今年が創業222年というゾロ目の年にあたることから、去る2月22日に222本限定で「超古大吟 長生舞 嘉左ェ門」(720ml)を1万円で販売したところ、これも瞬く間に完売となった。

●海外展開も視野に
平成19年、外国人バイヤー向け展示商談会に自社の酒を持参して参加したところ、「二世か三世と思われる日系人バイヤーが興味を持ってくれ、試飲用に長生舞の大吟醸と三年古酒を送ったところ、三年古酒の評判が良く、取引が始まる可能性が出てきた」と顔を綻ばす。

平成17年には自ら大連と北京に出かけ、メニューにどんなお酒が載っているのか、お酒の仕入れルートはどうなっているのか等を自分の目で調べて廻ったという。
「国内市場は、日本酒の消費が低迷している厳しい環境に晒されているだけに、これからは海外にも目を向けた取り組みが不可欠で、可能性の芽を見つけることで新しいビジネスにつなげていくことができれば・・」と前向きに取り組んでいる。


●伝統を守り育てる
自家製酒粕222年もの長きにわたり連綿と受け継がれている暖簾の重みは、その立場にある人間にしか分からない重圧であり、我々には計り知れない。めまぐるしく変わる時代のニーズや環境の変化に右往左往することなく、創業以来、自社で原料となる酒米の田植えから収穫までを手がけ、水にもこだわり、食の安全・安心が叫ばれる時代にあって、これほど安心して飲むことができる日本酒は他にはないと言っても過言ではない。

「自分の代でやめたくないという思いは強い。継続していればきっといい時が巡ってくると信じ、これからも親子で頑張っていきたい。」と淡々と語る中にも、こだわりの酒造りへの自信が感じられる。
親子揃って蔵人になりきり、水・米・酵母と対話しながら、納得のいく酒造りに邁進してもらいたい。

■インタビューを終えて・・・
地元にある酒蔵の中に、222年も前から自社で酒米を栽培し、水にこだわった手造りの酒造りをしているところがあることを再認識させられた。酒蔵見学も事前に予約すれば誰でも見ることができ、自社の酒粕で漬けた美味しい奈良漬けやつけものを試食しながら試飲もさせてもらえる。その際、ハンドルキーパーの確保をお忘れ無く!!

(平成20年2月取材)


久世酒造店 外観
商 号 (株)久世酒造店
所在地    河北郡津幡町清水イ122
創 業    天明6年(1786年)
電話番号 (076)289-2028
営業時間 8:00~20:00
定休日 毎週日曜日
URL http://www.choseimai.co.jp/

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