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(財)石川県産業創出支援機構「石川発!お店探訪記」金沢・加賀・能登 頑張るお店 では、石川県内の実店舗・ショップを訪問し、取扱商品の特徴・売れ筋、店づくりや店舗展開・経営方針、顧客サービスや今後の課題などを取材して、頑張っているお店の魅力を紹介していきます。

金沢・加賀・能登 頑張るお店 横井商店
おばあちゃんの手作りの味を今に伝える松波飴 横井商店

500年あまり前から奥能登・松波で手づくりの技が受け継がれ、おばあちゃんの味として親しまれてきた松波飴。時代の変化、食生活の多様化で需要が激減し、飴づくりを生業としていた店が一軒、また一軒と店を閉め、平成の時代に唯一その味を伝えるのは、横井商店ただ一軒となった。
松波飴の製造に心血を注いできた横井ヨシ子さんにお話を伺った。

●唯一残る横井商店の松波飴
商品を手に笑顔のヨシ子さんとお嫁さん戦後間もない頃に、香川県から縁あって松波へ嫁いできたヨシ子さん、その時から今は亡きご主人と二人で松波飴を作り続けてきた。「当時はまだ飴屋も何軒かありましたし、昔は、ほとんどの家でおばあちゃんが手づくりで作っていたものですよ。」と述懐する。
高度経済成長にともなって日本人の食生活が豊かになり、お菓子もバラエティーに富んだ商品がスーパーの店頭にずらりと並ぶ飽食の時代の到来で、松波飴の影が薄れ需要も激減した。松波飴を製造する店も遡ること30年あまり前に横井商店ただ一軒となった。ご主人亡き後も、一人で店を切り盛りし、今は、長男の千四吉さん夫婦が伝統の飴づくりの技を受け継いでいる。

昔はどこの家でもおばあちゃんが作る自家製の飴をおやつ替わりに炊いていたものだが、今はそのことを知る世代も少なくなってきている。過疎化が急速に進み、子供たちの数も激減している厳しい現実に晒(さら)されながらも、頑なに伝統の手づくりの味を守り伝えていくことは、並大抵でない苦労を伴うことは言うまでもない。

●おばあちゃんの愛情こもった手づくりの飴
原料となる米(右)と大麦(左上)とおやし(左下)松波飴の材料はいたってシンプル。うるち米とおやしから成る。おやしとは、発芽させた大麦を槌で叩いて粉末状にしたもので、もちろんこれも手作業で行う。お米を釜で蒸し上げると、そこに水を張り適温に冷めるのを長年の掌の勘で見極め、ちょうど良い頃合いになったところでおやしを入れ、一晩寝かす。翌朝、それを麻袋に入れて一気に絞る。絞り出した醗酵汁を大釜に入れて煮詰めていく。およそ5時間かけてのつきっきりの作業が始まる。大釜で煮詰まっていく飴を何度もすくって色と粘り具合を確かめ、ここぞというタイミングでヨシ子さんが冷水に一筋落として小さく丸めると琥珀色に輝く美しい飴ができあがる。
「お酒と一緒で仕込みの段階が最も肝心な作業です。ここで手を抜くと美味しい飴にはならないから、何十年同じ作業を繰り返していても、この時が一番緊張しますよ」と目を細めて語る。
長年の経験を積んでいても、稀に失敗することもあるという。原料に使用する大麦や米は可能な限り地元能登産のものを使っている。

●料理に、風邪薬に、滋養剤に、重宝する飴
豆飴(左)と固飴(右)化学調味料は一切使用しない天然材料の飴は、おやつだけでなく昔から料理にも重宝されている。
とりわけ魚の煮付けにお酒と醤油と飴を少し入れるだけで、飴がみりんと砂糖の役割を果たし、魚に照りが出て身もしまり、実に美味しい味付けになる。もちろん魚だけでなく、野菜の煮物、黒豆を炊くとき、ジャムづくりなどにも重宝する。また、昔から風邪薬としても用いられている。生の大根の輪切りに飴をかけて2-3時間浸け込んでおくと、大根のエキスと飴が混じった汁が出てくる。大根飴と言ってその汁は、風邪で喉が痛いときの特効薬として昔から知られている。
「咳がひどい時はこれが一番ですよ。」とヨシ子さんは太鼓判を押す。その他、妊婦さんへの滋養の品、あるいは産後の肥立ち、食あたりの薬としても同様に人気が高い。
昔は、農家の人が持ってきたお米を加工し、飴を作って手間賃をもらうのが飴屋さんの仕事だった。最近では、自然食ブームでおばあちゃんの飴を店に置かして欲しいとの要望にも応じている。「昔はこのあたりも子供がたくさんいて賑やかなもので、商売としても成り立ったが、子供の数も激減して今では町も閑散としていますよ。」と寂しそうに語る。

●伝統を守り伝えること
水あめ(600グラム)ケース入り飴づくりだけではとても生活が成り立たないことから、千四吉さんはインテリアの仕事が本業で、その傍ら飴づくりの手伝いをしている格好だ。
近年、おばあちゃんの手づくりの飴としてテレビや雑誌で紹介されたこともあって、夏休みや週末には観光客が店を探して買いに来る。そんな時は、「おばあちゃん一緒に記念写真を撮ろうと言われ、主役になってますよ。」と嬉しそうに顔をほころばす。いくつになっても看板娘の気持ちは変わらないようだ。
今は千四吉さんの息子さんも飴づくりを手伝うようになり、親・子・孫の3代が釜場に立つ光景が見られるようになっているそうで、500年以上続いている松波の飴づくりの技が、唯一軒残る店として後世に受け継いでいきたいとの思いが、お孫さんにも自ずと伝わっているのだろう。
87歳とは思えないほど、かくしゃくとして元気なヨシ子さんの日々の健康法は、言うまでもなく毎日欠かさずに食べている松波飴である。もちろん、日々店頭を訪れるお客さんとの会話も楽しみな様子。
お店としての負担が少ないイベントなどに出店し、松波飴を知らない子供たちに味を覚えてもらうといった努力もしている。

「駒渡のポケットパーク」、道の駅「桜峠」・「千枚田ポケットパーク」にも横井商店の松波飴が置いてある。伝統を守り伝えていくことは至難の業であるが、横井商店の場合は、ヨシ子おばあちゃんから息子さん夫婦へ、そしてお孫さんへと、商いとしては地味ではあるが、松波飴に込められた大切な愛情と真心が確実に受け継がれている姿を目の当たりにし、嬉しさとほほえましさがそこはかとなく込み上げてきた。

■インタビューを終えて・・・
日本人が便利になることと引き替えに忘れ去ってきた、大事な手づくりの自然の味を今も大切に守り育てている横井さん一家。この貴重な松波飴の魅力と優しい味を今の子供たちに知ってもらうことが何よりも必要なことだと痛感した。学校給食でこの飴を調味料として使った料理を提供したり、保育園や幼稚園のおやつに松波飴を提供するなど、後世に伝え遺していくためにも関係機関の支援を是非期待したい。

(平成19年12月取材)

横井商店 外観商 号 横井商店
所在地    鳳珠郡能登町松波12-83-1
創 業    明治時代
資本金 3100万円
電話番号 (0768)72-0077


(財)石川県産業創出支援機構「石川発!お店探訪記」金沢・加賀・能登 頑張るお店 では、石川県内の実店舗・ショップを訪問し、取扱商品の特徴・売れ筋、店づくりや店舗展開・経営方針、顧客サービスや今後の課題などを取材して、頑張っているお店の魅力を紹介していきます。

金沢・加賀・能登 頑張るお店 干場金物店(ふくべ鍛冶)
オーダーに応える加治屋として顧客拡大 干場金物店(ふくべ鍛冶)

道路拡幅にともなって各個店が新築され、明るい街並みに生まれ変わった能登町宇出津・新町通り商店街。
その中に、漁師が使う万能包丁である「マキリ」をはじめ、鋤(すき)や鍬(くわ)に代表される農作業道具など、鍛冶技術をいかんなく発揮し、顧客のニーズにきめ細かく対応することで、堅実な商いを続けてきている干場金物店(屋号 ふくべ鍛冶)がある。
3代目の主人・干場勝治氏にモノづくりにかける思いを伺った。

●鍛冶の技を代々受け継ぐ
干場勝治氏昭和37年、先代の後を継ぐべくこの仕事に就いた勝治氏は、仕入れ販売の仕事の傍ら、高知の土佐刃物、福井の越前刃物、大阪の堺刃物の産地へ修業に出かけ、火づくりの技術や仕上げ技術を研鑽し、自らの技能向上に努めた。
「その当時は、農家に耕運機が普及する前で、刃先が3本に分かれた鋤で田を起こし、鍬で畦ぬりをしていた時代だっただけに、とりわけ春先は農作業に使う道具づくりに大わらわの日々でしたよ。」と若い頃を述懐する。
例えば、鍬一つ例にとっても、使う土地の土質によって刃の形状、柄と刃の角度、柄の長さが異なる。砂地の場合は、鍬を打ち込むというよりも引く感じで使うため、柄と刃の勾配が強い方が良い。粘土質の土地の場合は、深く掘るため勾配が少ない方が良いといった具合だ。
鍛冶仕事からこなす同店は、そうしたニーズにきめ細かく対応できることから、顧客一人ひとりのオーダーメイドに、昔から当たり前のように対応してきている。しかも、宇出津地区は、海にも山にも近いことから、両方の作業で使う道具が求められ、漁師の道具から山仕事の道具までバリエーション豊富な品揃えだ。
かつては、土建業者からの鶴嘴(つるはし)や道具類の注文や修理もかなりあったようだが、建設機械が普及したことから、今はほとんど需要が無くなっているとのこと。 「道具づくりは、すべてお客さんから教えられて、身につけてきたものですよ」と淡々と語る。

●一点一点に全神経・技を傾注
カマ、ナタ類「全ての品物が一点一点手づくりで、全てニーズが異なることから、全てが勉強になり、これでいいということはなく、刃物は切れ味が悪かったらもう次の注文はないわけで、自分が納得できるまで徹底的に研ぐこと、刃付けをしっかりすること、それによって長持ちする商品に仕上げることに専念しています。死ぬまでお客さんの要望との闘いですよ。」と職人魂を垣間見せる。

鍛冶仕事、研ぎ仕上げ、柄付けという三部門の仕事を全て一人でこなし、店頭には使うばかりの状態に仕上がった商品が所狭しと並べられている。鍛冶屋の仕事は、商品を納めたら終わりではなく、研ぎ直し、刃・柄の付け替えなど、アフターフォローが大切で、親子2代・3代の付き合いが多いとのこと。
能登町宇出津地区にも30年ほど前までは3軒の鍛冶屋があったが、時代の変化や後継者問題等で廃業が相次ぎ、残ったのは同店ただ一軒となった。同店も鍛冶屋の仕事だけではとても生き残ることは難しく、仕入れ販売のウエイトを高めることや修理の仕事を確保するなど、さまざまな努力を積み重ねてきて今日がある。

●情報発信が新たな顧客開拓につながる
海山で使う各種道具類釣り雑誌や能登町商工会のホームページを通して自店のPRを掲載したのがきっかけとなり、県外からも注文が入るようになってきている。
本来は、漁師が使うための万能包丁であるマキリを、釣り人が使ったり、山へ持っていく、盆栽に使うといったように、使い手が新たな用途を開拓して注文してくるようになっている。さらには、顧客の要望に応えていくうちに、囲炉裏で使う五徳や自在鉤、燭台などといった生活雑貨まで手がけるようになり、顧客の範囲も商品のバリエーションも、一昔前には考えられなかったほど広がり、そうした県外からの注文が全体の1割近くを占めるようになっているという。
地元の農林水産業者の減少や機械化の進展による需要減という逆風下にあって、このことは同店の将来に向けて明るい材料になっている。「今ではお客さんの範囲が広がって、鉄を打って作れる道具であれば、何でも作る便利屋みたいになっていますよ」と顔を綻ばす。

●観光客にも人気のスポットに
県が発行している「ぶらり能登ガイドブック」という観光客向けの情報誌が、能登空港やホテル・旅館などに置いてあり、それを見た若い夫婦連れの観光客がしばしば訪れるという。
特に、週末や連休、夏休み期間になると、そうした観光客が来店し、ご主人が丹誠込めて仕上げた昔からの道具類やナイフ、包丁などを興味深げに眺め、家庭で使う包丁や燭台、囲炉裏セットなどを買い求めていく。
「若い世代の人たちが、こうした伝統的な道具類に関心を持ってくれることは本当に嬉しいことで、私たちも観光客の人が来てくれると話が弾んで楽しいです」と満面の笑みで語ってくれた。

●道具の魅力や、使い方を正しく周知
カマ、ナタ類毎月15日に商店街が実施する「まんなか市」において、商店街散策中に刃物を研ぐ体験をしてもらう即日対応できるサービスを行っているほか、年に数回程度、近所の主婦を集めて、家庭用包丁の研ぎ方教室を開催している。
毎日使う包丁に愛着を持って長く使ってもらうことも、作り手にとっては大切な仕事である。包丁は正しい研ぎ方さえ身につけていれば、かなり長い間切れ味を維持したまま使うことができるだけに、その技術を伝えたいと、店内には包丁研ぎを体験できるコーナーも設けてある。
「長年使って柄が腐って取れてしまった包丁を送ってきて、柄を付け替えて欲しいといった注文が時々ありますが、私ら職人からするとこうして大事に使ってもらえることが何よりも嬉しいですよ」と満足げに語る。
これからの店づくりについて伺うと、「大学を出て地元に戻って就職した息子が、時々経営面のアドバイスをしてくれていますが、将来的には後を継いで頑張ってもらえるように繁盛させていかないと・・・」とご子息に託す思いがひしひしと伝わってきた。
近いうちに自店のホームページを開設し、さらなる新規顧客獲得につなげていきたい意向である。石川県でも職人がほとんどいなくなった伝統の鍛冶技術を是非とも次の世代に伝えていってもらいたいと願わずにはいられない。

■インタビューを終えて・・・

鍛冶職人と聞いて、頑固親父を想像して伺ったが、ソフトな物腰と優しい語り口にまず驚かされた。よくよく伺うと、趣味で詩吟を嗜む粋なご主人であることが分かった。時代に即した商いのやり方を柔軟に模索しながらモノづくりに取り組む姿勢が、生き残りの鍵を握っているのではないだろうか。
火と対峙しながら鉄を鍛える時の妥協を許さない厳しい職人の眼差しが印象に残った。

(平成19年12月取材)


干場金物店 外観商 号   干場金物店
所在地  鳳珠郡能登町字宇出津新23
創 業   明治41年
電話番号 (0768)62-0785
営業時間 7時30分~19時30分
定休日  不定休


(財)石川県産業創出支援機構「石川発!お店探訪記」金沢・加賀・能登 頑張るお店 では、石川県内の実店舗・ショップを訪問し、取扱商品の特徴・売れ筋、店づくりや店舗展開・経営方針、顧客サービスや今後の課題などを取材して、頑張っているお店の魅力を紹介していきます。

金沢・加賀・能登 頑張るお店 ラ・ヴィーブ
片山津をこよなく愛し魅力発信に専心 ラ・ヴィーブ

北陸自動車道片山津インターを下り、山代温泉に向かう途中・湯の谷橋先の 交差点角に建物全体が一つのコミュニティーと化した"かぼちゃ村"と称する飲食店ビルがある。
遡ること18年前(平成2年)、このビルの一角でフランス料理店ラ・ヴィーブを開店した渡辺悟氏が、顧客に満足してもらえる店づくりを目標に邁進した結果、現在ではテナントビルを丸ごと自ら経営し、レストラン・居酒屋・カフェ・ケーキショップで埋め尽くすこととなった。今回はその事業成功の要因を探る。

●いろんな人との出会いで今日が・・
ラ・ヴィーブ 店内山中温泉出身の渡辺氏は、大阪に出て料理の修業を積んだ後、地元に戻りフランス料理店で修業した後23歳で独立し、現在のビルで26席ほどの店舗スペースを借りてラ・ヴィーブ(フランス語でバンザイの意)をオープンした。
美味しい料理が評判になり、順調に業績が伸びる一方で、来店客から『いつ行っても満席だから何とかしてほしい』とのクレームが出るようになり、5年あまり経た最初のリニューアルで20席ほど増やす。やがて、レストランウェディングのリクエストが舞い込むようになるが、店舗スペースが狭いことと、土・日・祝日は、レストランとしても来店客が多いことから、極力控えるように努めたものの、「一生に一度のビッグイベントを自分の店でやってもらえるのなら、頑なに断るのもいかがなものかと思うようにもなった」と振り返る。
そう思うようになった時に、隣りのテナントが空いたため、ウェディングにも十分対応できる現在の広さまで店を広げることを決断する。その際、パン職人が応募してきたことから、自家製のパンを焼いて店で提供し始めたところ、『パンを販売して欲しい』とのリクエストが相次ぐようになった。これまたタイミング良く横のテナントが空いたことから、そこを借りてパン屋「ア・ポワン」を開店し、それまで頑張ってくれた職人に表舞台を作ることができた。と同時に、店の奥にカフェを設け、レストランと繋ぐことでウェイティングルームとした。
それからしばらくして二階のテナントが空いたことから、「以前から私と仕事がしたいと言ってくれていた和食の職人を雇い、自分たちが行きたくなる和食の店をやってみよう」と、二階に居酒屋「いちごいちえ」をオープンする。さらに、一階の角に入っていたコンビニエンスストアが閉店することになったため、そこを借りてカフェをより充実させた。
レストランの営業時間は、ランチとディナーの混む時間帯に来てほしいと店側の都合をお客に押しつけていることから、カフェを朝から夜中までオープンすることで、「せっかく来て下さった方に、目当ての店が一杯だったり、営業時間外で入れなくても、カフェで時間を過ごしてもらうことができれば・・」との渡辺氏のお客様の立場になった思いを形にしたもの。
こうして振り返ってみると、新しい分野に踏み出すきっかけができた時とテナントが空くタイミングが見事に合致し、人との出会い、運に恵まれて今日の成功があることを痛感させられる。

●病いを機に会社組織の基盤を強化
ケーキ屋 ア・ポワン4年前、突然の病いに襲われ入院を余儀なくされる。3か月にわたる入院とリハビリを重ね今日に至っている。この間、渡辺氏の頭の中は、「これだけの事業規模になり、70人のスタッフを抱え、いろんな人との繋がりの中で、自分にもし何かあったら店が運営できないとか、会社が成り立たないというのは危ない」との思いでいっぱいだった。
退院するやいなや、ベテラン社員の中から役員を選任し、それまで奥さんと二人だけでやっていた経理関係を含め、各店舗が独立採算で運営できる体制を確立する。
「スタッフと業者さんとお客様の三角形のバランスが崩れないように大きくしていかないと、会社や地域の発展はないと思う。三方みんなが得するような運営を考えていくことが大切で、それを支えるのは人材です。お客様は恋人、共に働くスタッフは家族、業者さんは親戚だと思っています。
働いている者同士が気遣いできなくて、お客様にいい気遣いができるはずもなく、お客様は、ワクワク、ドキドキ、何かここでエネルギーやパワーをもらって元気になって帰れるぐらいの雰囲気が店にないとお見えになりません。
スタッフにお願いしているのは、嘘のない誠実な付き合いをしてくださいということ。これは業者さんに対しても、お客様に対しても、地域に対しても。それが一番難しいです。その点、私は明るく元気なスタッフたちに恵まれて助けられている。」と感謝することしきり。

●何をおいても片山津ありき
村カフェ アレコレ「開店以来、自分たちがあったらいいなぁと思う店づくりに邁進してきました。それも片山津の入口で明るい明かりを常に灯していけるような企業でありたいとの願いを込めて頑張ってきており、これまで商売をさせてもらってきた片山津に少しでも恩返しができる店にすることが目標です。そのためにも私は現場のスタッフたちが働きやすい環境を整えたり、準備をする黒子に徹していきたい」と持論を披瀝。
「あちこちから出店のオファーはありますが、外に出てまで店をやりたいという思いはなく、何よりも片山津で頑張ることが我々にとっての大きな目的であり、若い人たちがおしゃれをして行きたくなる店を作ること。そのためには地元で働いてくれる若者を育てることも重要な仕事で、そこからやる必要がある。商売をやったおかげでいろんな方々と出会うきっかけが増え、それが自分の人生において、スタッフの人生において、お客様の人生において、楽しいこと探しにつながっていけば最高に嬉しいです」と顔を綻ばす。
「地域があって僕らがある。僕らが頑張れば地域も変わる。その意味で、地域とのコミュニケーションが第一です」とも力説する。

●これから目指すもの
居酒屋 いちごいちえ小さなフランス料理店の店主から事業家になった今、自らの夢をどの程度実現できたかを尋ねたところ、「私はいつもスタッフに夢は持たずに目標を持ちなさいと言っています。その意味で、先程からお話ししている私の目標にはまだまだ程遠く、点数はつけられません。外から見ただけでなく、中身の充実、お客様の満足以上にスタッフたちの満足度を高めていかなければなりません。高校生から主婦のパートさんまで一人ひとりの満足度を高めていくことは難しいことですが、お互いを自然に思いやれる関係ができていくことで、やり甲斐のある職場ができていくと思っています」と熱く語る。
「将来的には、かぼちゃ村の店はスタッフに任せ、私が料理を作り家内のサービスでおもてなしする、そんな夫婦でお客様をもてなす、料理人の原点とも言える小さな店をまたやりたい」と料理人の顔に。そんな渡辺氏の夢は、「子供達が成長した時に片山津に生まれて良かったと思える街にすること」。夢を目標にすべく邁進する日々はまだまだ続く。

■インタビューを終えて・・・
オフの時は、一人でいる時間を作りたいと、目と鼻の先の越前海岸でのスキューバダイビングやハーレーにまたがっての国内旅行などプライベートの時間を大切にしている渡辺氏。
入院を機に自らのカラーを極力消し、スタッフみんなで作り上げていく会社へと大きく脱皮させ、片山津で元気な商いを展開する企業トップとしての謙虚な姿が印象に残った。

(平成19年11月取材)
かぼちゃ村 外観商 号 (有)トラント・(有)パラダイスカンパニー
所在地    加賀市片山津温泉丁12-1
設 立    平成2年12月1日
年 商 3億円(2社の合計)
従業員数 70名(パート含む)
電話番号 (0761)74-8544
URL http://www.lavive.jp/

(財)石川県産業創出支援機構「石川発!お店探訪記」金沢・加賀・能登 頑張るお店 では、石川県内の実店舗・ショップを訪問し、取扱商品の特徴・売れ筋、店づくりや店舗展開・経営方針、顧客サービスや今後の課題などを取材して、頑張っているお店の魅力を紹介していきます。

金沢・加賀・能登 頑張るお店 奥能登すずなり市場
珠洲の物産品を一堂に集め珠洲の魅力を発信 奥能登すずなり市場

珠洲市にとってのと鉄道の廃線はあらゆる意味で大きなショックであったに違いない。そんな逆境を打破すべく立ち上がったのが、珠洲を代表する地域資源である物産品製造にかかわる経営者たちだ。
旧のと鉄道珠洲駅の駅舎を活用し、珠洲を代表する菓子・生鮮野菜・海産物・珪藻土(けいそうど)コンロ等々を一堂に集め販売する奥能登すずなり市場として新たなスタートを切った。奥能登すずなり市場の組合長を務める藤野裕之氏(日本醗酵化成(株)社長)に珠洲活性化に賭ける思いを伺った。

●珠洲の物産を一堂に集めウェルカム
奥能登すずなり市場 店内これまで珠洲市を訪れる観光客に対して地元珠洲の物産を一堂に集め、展示即売する場所がなかったことから、のと鉄道廃線後の駅舎を活用し、地元活性化の一翼を担うスペースとして、地元物産業界の有志20社が協力し、平成18年8月1日に奥能登すずなり市場をオープンした。
店内には、生鮮野菜、わかめやあごだしに代表される海産物、ハーブ関連商品、珠洲の塩、干しいたけ、お米、いも菓子、珠洲焼、シルバー人材センターのお年寄りの手作り商品、珪藻土コンロ等々バラエティーに富んだ商品が所狭しと並び、改めて珠洲の物産の多さに驚かされる。売れ筋商品は、地元住民は生鮮野菜、観光客にはいも菓子や珠洲の塩の人気が高いとのこと。
「オープンから1年3カ月を経て経営的にも利益が出るようになり、初年度としてはまずまずの船出ができた」と胸をなで下ろす。珠洲に来てもらう、来てくれた人に立ち寄ってもらえる、そんな拠点の一つとして少しずつではあるが認知され始めてきているようだ。
従来まで、観光客が珠洲の特産品や土産物を買うためには、市内に点在するそれぞれの店舗へ足を運ばなければならなかったが、奥能登すずなり市場が開設されたことで、観光客からは『一箇所で珠洲のお土産が買えるからとても便利だ』と異口同音に好評を得ているとのこと。

●情報発信の更なる魅力アップが当面の課題
七輪一年を通じて近所の農家が採れたての野菜を置いていることから、近隣住民が八百屋へ行く感覚で立ち寄る姿が頻繁に見受けられ、地元住民の間では、かなり定着しているようだ。「現段階では、運営することに精一杯で広告宣伝費をかける余裕がないため、まだまだ県内外に認知されていないのが現状で、その点が大きな課題でもある」とPR不足を懸念する。
経営的には仕入れがなく、売れた分の手数料収入で運営できることからなんとか維持でき、初年度の運営実績は、能登半島地震直後、輪島からのルートが絶たれたために、観光客の入り込みが激減し、売上も落ち込んだが、夏以降は回復し、まずまずの状況で、僅かながら利益も出たという。
石川県ならびに珠洲市を挙げての首都圏、関西圏への出向宣伝をはじめとした誘客キャンペーンやホームページを通じての情報発信の成果が、ここへきてようやく目に見える形で現れてきているようだ。
現在は、物産品の販売と観光案内が主たる役割になっているが、「できることならばそれプラスαの魅力づけができるとさらに意義ある施設になるのではないか・・・」と様々な可能性を模索している様子。

●周辺整備計画の行方が今後の方向性を左右
旧のと鉄道珠洲駅周辺の整備計画がまだ確定していないため、今後駅舎周辺がどう様変わりするのか、そのあたりが明確になるまで、これからの方向性については白紙の状態だ。旧駅舎前広場がバスターミナルとして整備されるのが、奥能登すずなり市場にとっては理想的であるが、これもまだ決まっていない。「珠洲の物産を販売する拠点ができたのを機に、奥能登すずなり市場を起点にして珠洲の観光名所や施設等を見て回る周遊コース的なものを設定していくことも必要だ」と語る藤野組合長は、「珠洲駅時代のプラットホームをそのまま残してあることから、これを観光資源の一つとして、例えば記念写真を撮るスポットにリニューアルすることなども検討したい」と夢を膨らます。
 現在は任意団体であるが、これをNPO法人にして法人格を取得することで、珠洲の地酒を置くことも可能になり、さらに商品アイテムが充実し、魅力アップにもつながることから、「NPO法人化に向けた準備をこれから進めていきたい」と決意を新たにする。

●能登から全国に発信
オープニングのテープカット平成19年、奥能登各地でロケが行われていた映画「能登の花ヨメ」が全国で上映されることで、能登への観光客が少しでも増えてくれることに期待を込める。
 のと空港の貨物便の利用促進を目的に、能登の食材を試験的に東京の料理店に空輸する実験が先頃行われたが、珠洲にある豊富な食材を首都圏に売り込んでみてはと話を向けたところ、「まず珠洲の食材を使ってもらえる店を探さなければいけないし、使ってもらえた場合に量的にこなせるかどうか、絶対量の問題もあり、いざ実行するとなると難しい面もあるが、可能性のあることには何でも挑戦してみることも大切であり、これからの検討課題にしたい」と前向きに答えられた。

●能登ならではのおもてなしを忘れず
のと珠洲塩「昔から『能登はやさしや土までも』と言われるだけに、何よりも能登の人たちの人情溢れる温かいもてなしに勝るものはないと思っています。全てのお客様に心からのおもてなしをすることで、能登に好感を抱いていただき、能登を好きになってもらうことができれば、それがまた巡り巡って我々の商売にもプラスになっていくと思います。その意味で、奥能登すずなり市場での接客が果たす役割は大きいわけで、スタッフにもその点は折りに触れて話しています。」ともてなしの心の大切さを改めて強調する。
「奥能登には風光明媚な観光スポットが点在しているだけに、それぞれのスポットのさらなる魅力づけ、観光関連団体の連携強化、魅力ある街づくり等々珠洲の活性化につながることならありとあらゆる試みをし、珠洲を訪れた観光客が一人でも多くリピーターになってもらえるように、組合員が知恵を絞り、汗をかいて皆さんが潤うように努力していきたい。」と、がんばる珠洲を発信すべく邁進する藤野組合長をはじめとしたメンバーの奮闘を見守りたい。

■インタビューを終えて・・・
平成19年3月の能登半島地震の風評被害がようやく払拭されつつあるものの、一番の稼ぎ時である5月の連休や夏休みは、観光関連産業にとって痛手となったことは否めない。そうした厳しい環境下にありながら、珠洲の物産を扱う企業が力を合わせ、珠洲活性化に向けて邁進している姿に、『ガンバロー珠洲!!』と心からエールを贈りたい。

(平成19年11月取材)

奥能登すずなり市場 外観 商 号 奥能登すずなり市場
所在地    珠洲市野々江町シ15
創 業    平成18年8月1日
従業員数 社員15名 パート30名
電話番号 (0768)82-4688
営業時間 8時30分~17時30分
定休日 年末年始


(財)石川県産業創出支援機構「石川発!お店探訪記」金沢・加賀・能登 頑張るお店 では、石川県内の実店舗・ショップを訪問し、取扱商品の特徴・売れ筋、店づくりや店舗展開・経営方針、顧客サービスや今後の課題などを取材して、頑張っているお店の魅力を紹介していきます。

金沢・加賀・能登 頑張るお店 杉森菓子舗
お客さまに勧めたい菓子作りに情熱と真心を傾注 杉森菓子舗

七尾市田鶴浜支所(旧田鶴浜町役場)前に、地元の人たちから日々のお茶請けやお遣い物の菓子の店として重宝されている杉森菓子舗の落ち着いた店舗がある。白を基調とした明るい店内に心地よいジャズが流れ、5年前から店長として杉森菓子舗の暖簾を守る三代目・杉森修平さんが笑顔で迎えてくれる。
平成19年3月の能登半島地震直後は売上が減少したものの、対前年比で年間売上が伸びた商いのポイントを披瀝願った。

●お客様も自分も楽しい菓子づくり
店主 杉森修平さん杉森菓子舗の味を守るため、毎朝4時からの餡炊きで一日が始まる。原材料を吟味するのはもちろんのこと、杉森氏曰く「お客様がウチの店に来て楽しんでもらうことができる店づくり、菓子づくりを基本に、私自身もこれは楽しそうだからやってみようと思う、そんな菓子づくりを日々心掛けています」と。
そんな杉森氏の日々の研鑽が、平成18年の全国誌「DIME」への看板商品『情熱大福モンブラン』の掲載につながっている。

●ホームページを活用した営業展開
地元だけでなく県内外に店を知ってもらう情報発信の一助にと考え、3年前から自店のホームページを開設。自らデジカメで撮影した商品写真を掲載し、コメントやレイアウトの内容を試行錯誤しながら更新している。最初はなかなか思うような写真が撮れず苦労したようだが、「何事も慣れというか数をこなせばそれなりの写真が撮れるようになった」と謙遜するが、商品写真の出来映えはなかなかのもの。
注文を受けると瞬間冷凍して梱包し、クール便で発送する。お客様は受け取ったものを解凍して賞味する。まだまだインターネット通販のウエイトは全体の1割程度と少ないが、これから伸ばしていきたい部門として期待している。全国誌に掲載されたことを機に注文してきた県外客がリピーターとなったり、百貨店等からの引き合いも来ているという。

●新商品開発のポイント
のと情熱大福モンブラン常時20種類前後の定番商品と、それプラス季節限定商品がショーケースを彩っている。
そうした新商品を考えるにあたり、例えば看板商品になっている『情熱大福モンブラン』の場合は、「まず説明不要で、お客様がそのネーミングを見ただけで、あっ美味しそうだと思えるものが作れないかとずっと思っていました。新しいものを作る時に、ああでもないこうでもないと何回も試行錯誤したものは、意外と売れないことが多く、最初にネーミングが浮かび、こんな感じがいいなぁと閃き、すんなりできあがった商品の方がよく売れたりするんですよ」と苦笑する。
『情熱大福モンブラン』の開発は、料理の世界で、美味しい食材に美味しい食材をマッチングさせることで、さらに美味しい料理ができあがることをヒントに、自身が和菓子に限らず洋菓子、とりわけモンブランが好きであちこちの店を食べ歩くほどの好物だったことから、好きなモンブランと大福を合わせることを思いつく。本来なら地元の能登栗を使いたいところだが、そうなると小売価格が倍以上に跳ね上がるため断念し、フランス産の栗を使って商品化した。
新しい菓子のポイントとして能登栗や能登大納言を使うことができないか、目下思案中である。値段が非常に高いことをいかにしてクリアするか、それが課題であると同時に、単にその食材が入っているだけではなく、入っているから美味しいのだという付加価値を創出できるかどうか、それが成否の鍵を握っている。

●食の安全、清潔感、安心は店舗存続の生命線
昨今、日本を代表する老舗名菓の偽装事件が相次いでいるが、「ウチのような小さい店は食中毒を出したり、偽装なんかしたら一遍に店はなくなってしまうわけで、衛生面にはお金もかけ、危機感を持って真摯に取り組んでいます」と胸を張る。
清潔感という点で、店内の美しさはなかなかのもの。能登半島地震で壁紙が破れたため貼り替えたとのことだが、開店してから15年も経っているとは思えないピカピカに磨かれた店内に驚く。伺うと、毎月専門業者を入れ店内の床をきれいに磨いているとのこと。「食べ物を扱う店だけに、店内が汚くては二度と来たくないと思われるので、まず店内の清掃を徹底し、気持ちの良い店づくりに力を入れています。一度来店されたお客様がまた来たいと思っていただける店にしていきたい」と商いの原点を大切にする姿勢に感銘を覚える。

●顧客とのコミュニケーションにも注力
すぎもり通信年1回、常連客への謝意を伝えるべく売り出しを実施している。売り出し日限定の菓子を販売したり、抽選で菓子や温泉宿泊券などをプレゼントしている。来年からは年2回実施する予定とのこと。
得意客には定期的にニュースレターも発送している。これは菓子のことにはほとんど触れず、日々の生活で店長が感じた日記のような内容で、500人程度の顧客に発送し、いろんなコメントが返ってくるとのこと。それとは別に売り出しや新製品のPRなどは紙の色を変え、通常のニュースレターとは別にして発送している。
「菓子屋の主人はお客様にこんなものが美味しいよと勧める立場だと思っており、都会で流行っているプリンやロールケーキなどもやりたいと思っています。ただ、それプラス当店オリジナルでこんなのも美味しいですよと提案できるようにしています。ニーズに対応することも大事ですが、そこで留まってしまうことは極力避け、オリジナリティーを訴求していきたい。」と独自のこだわりを披瀝。

●足元を固め、次なるチャンスに備える
店内の様子金沢に出店できるような商いに育てることが当面の目標である。「まだ能登で大したことがない菓子屋が金沢に出てみてもダメだと思っていますから、まずは能登地区で認知され、それなりの売上ができるようになれば、自然とそんなチャンスも来るのではないか・・・」と冷静だ。
「新しいことに常にチャレンジしていくことを大切にし、雑誌やテレビで紹介していただくこと等を通じて地元の皆さんに少しでも認知されるように努め、お客様に勧められる美味しい菓子づくりを大切にしていきたい。」と自らに言い聞かせるように熱く語る。
いろんなお客様に思いを馳せながら、毎日美味しいお菓子と楽しさを提供できる菓子づくりに一意専心に取り組む店長の思いがひしひしと伝わってくる。

■インタビューを終えて・・・
取材に伺ったのは平日の昼下がり、まだおやつの時刻には間があったが、次々と同店の菓子を求めて客足が絶えない。その接客風景を見ていて驚いたのは、お客様が店を後にする際の見送り方だ。お客様に続いて店長またはスタッフが玄関の外まで出て、お客様一人ひとりに感謝を込めて「ありがとうございました」と腰を90度に折って見送る姿に目を奪われた。日常の来客に対するこの姿勢がファンの心を掴んでいるに違いない。

(平成19年11月取材)
杉森菓子舗 外観商 号 杉森菓子舗
所在地    七尾市田鶴浜り部45
創 業    昭和20年代

従業員 5名
電話番号 (0767)68-2016
定休日 毎週火曜日
URL http://www.s-kashi.com


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