金沢・加賀・能登 頑張るお店 海の丘倶楽部
能登で水揚げされる、朝獲れの魚を堪能できる評判の宿が志賀町にあると聞き、早速取材に向かう。増穂浦海岸沿いの道から風車が林立する山の方へと車を走らせて行くと、木々の緑に囲まれた閑静な山あいにその宿「海の丘倶楽部」がある。
我々を笑顔で出迎えてくれた三浦雄二社長に人気の秘密を披瀝願った。
●車エビの養殖に成功し、次なるステップへ
外国航路の船員だった三浦氏は、30歳の時に実家のある旧富来町に戻り、親のやっていた定置網漁を手伝い、3年後に独立し自らの定置網を持つ。ところが、思うように漁獲があがらず、どうしたものかと思案する日々が続いていた。
そんなある日、輪島の漁協が車エビの養殖に失敗したとの記事を目にし、個人でやればうまくやれるかもしれないと思い立つ。早速、輪島へ情報収集に出かけ、山口県の秋穂で車エビの養殖を盛んにやっていることを教えられる。
現地へ出向き、自らの養殖にかける思いを熱く語ったところ、養殖会社の社長に熱意が伝わり、稚エビを分けてもらうことができた。それを持ち帰り、見よう見まねで始めたものの一年目は大失敗。悪いことは重なるもので、そんな折り、運悪く交通事故に遭い、入院生活を余儀なくされる。その間、養殖の参考になる本を読み漁り、山口県の岩国に車エビの養殖日本一の企業があることを知る。
退院するやいなや飛んで行き、施設や養殖法を一通り見せてもらい、地元に戻ってそこを参考にして養殖池を作り直したところ順調に車エビが成長し、ほどなく養殖事業が軌道に乗る。
●生産した車エビを自ら販売する道を模索
自ら生産した車エビを販売する施設を持ちたいと考え、旧富来町の県道沿いに魚屋を開店する。当初はたくさん売れて繁盛していたが、歳月の経過で世代交代が進み、魚を食べる需要が減り始めてきた。それを打開すべく飲食部門を併設し、獲れたての美味しい魚を食べさせる店を始める。
そうこうしている中で、「富山県氷見市の海岸沿いにホテルや民宿がたくさんあるが、よくよく考えてみると、私は自分で魚を獲り、市場に卸しているのだから、自分が宿を経営したらどうなるだろうか、と思うようになった。」と当時を振り返る。
思い立つと実行しないと気が済まない性分の三浦氏は、即設計にとりかかったものの、客商売の大変さを知る身内から猛反対され、手付けまで打っていた土地も手放し、諦めかけていた。
そんなところへ、たまたま現在地を売ってくれるという人が現れるという縁もあって、紆余曲折を経て平成10年に「海の丘倶楽部」が誕生する。並行して、既存の魚屋を「車座」というレストランに作り替えしばらく営業するも、やはり主人が常にいない店はダメだと判断して撤収し、平成15年に海の丘倶楽部のレストラン部門として併設し、現在に至る。
● 接客は女将さん、誘客と魚は社長が担当
「家内の実家が民宿を経営していたことから、接客は家内に任せれば問題ないと信じていた。ただ、計画当初から猛反対され、なかなか首を縦に振ってくれず、なんとか口説き落とした時に『私はお客さんを最高に満足した状態で帰すから、あなたはお客さんを連れてきてくださいね』と言われ、『よし、わかったぞ』と引き受けたものの、どうやってお客さんを連れてきたものか、皆目見当がつかず、そんな中でやり始めたのがラジオ放送だった。」と振り返る。
その効果もあって、ほぼ年中県内のお客さんで繁盛していたが、今ひとつ物足りなかった社長は、長野県の信越放送に番組を持ち、奥さんを前面に出してPRした。これが大ブレークし、近年の週末は長野からの宿泊客で全館が埋まる日も珍しくない繁盛ぶり。長野から能登まで車で5時間という距離は、泊まらないと来られない程良い距離で、リピーター客の比率がどんどん高まり、今では宿泊客全体の7割を占める上得意客になっているという。
海のない長野県の人たちにとって、眼下に広がる日本海の景観はたまらない魅力で、朝獲れの新鮮な海の幸と並ぶセールスポイントになっている。「それまで新潟や富山へ出かけていた人たちだが、うちの魚を食べたら忘れられないと喜んでいただいています。ここへきて、自分がやりたいと思っていた商いがようやくできるようになってきた気がする。」と満足げに語る。
●一泊 10,500円、二人から舟盛り付き
それにしても驚くのが当館の宿泊料金。なんと平日一泊二食10,500円で朝獲れの新鮮な魚料理を堪能できる。しかもこの料金で二名から舟盛りが提供されるというから驚きだ。これだけ満足感ある料理を堪能できれば、長野県の人たちがリピーターになって押し寄せるのも頷ける。とはいえ、経営面では厳しいのではと伺うと「網元の宿で私が魚を獲っているのだから、それぐらいしないとダメでしょ・・」と豪快に笑う。料理長はサラリーマンをしていた長男を呼び戻して修業させ、魚料理全般を女将さんと二人で日々こなしている。特に食べ物にうるさい宿泊客のために「豪華コース」も設定している。これは17,850円で、標準料理にあわびの姿焼きまたはさしみ、それに黄金蟹の焼き蟹が一パイ付く豪華版だ。野菜もほとんど身内が畑で育てた安心・安全な地物の野菜を使用し、文字通り地産地消を実践している。
●お客様の好意に支えられ感謝の日々
長野からの常連客は、農園経営者が多く、来館するたびに自らが栽培するりんご、桃、えのき茸、エリンギ、とうもろこし、アスパラ、枝豆等々をお土産に持参してこられるという。さらに収穫時期になると宅配便でどっさり送って下さるそうだ。こうした好意に能登の美味しい魚を送り、お互いの心を通い合わせ、感謝することしきり。こちらで食べた魚の美味しさが忘れられず、年に何回か鮮魚宅配便を注文する人も少なくない。「とにかくお客さんに満足してもらう、お客さんのために精一杯のおもてなしをさせてもらう、それを第一に考えて日々頑張っていますよ。」と力を込める。これを実践できるのも定置網を持っているからこそ成せる業であり、一度泊まった宿泊客の満足度の高さは容易に想像でき、現実に多くの宿泊客がリピーターとなっていることが何よりの証左でもある。