金沢・加賀・能登 頑張るお店 あさひ屋ベーカリー
人生にはいろんな出会いがある。今回ご紹介するあさひ屋ベーカリーのオーナー大石旭さんは、パンとは縁もゆかりもない電器店の長男である。家業を継ぐつもりで大学に進学した彼に、どんな出会いがあってパン職人になったのか、その歩みにスポットを当ててみたい。
● 家業を継ぐはずが・・・パン職人に
神戸出身の大石さんは、金沢大学に進学し金沢での学生生活を始める。実家は神戸で電器店を営んでいることから将来はその後を継ぐつもりだったという。
入学と同時に大学の北瞑寮に入り、上級生との二人部屋生活がスタートしたわけだが、たまたま同室になった先輩が、毎年夏休みになると白山室堂でアルバイトをしていた。自身は山登りに全く興味はなかったが、先輩から誘われれば断れず、やむなくアルバイトに付き合ったのが、鶴来や白山麓との初めての出会いである。気が付くと、大学に在籍した5年間、夏になると室堂でのアルバイトに勤しんでいたという。
実家が電器店であることから、将来のために電気工事の会社に就職したものの、どうしても馴染めず1年あまりで退社。その頃から、自営で何か商売をやりたいと思っていたところ、たまたまいつもパンを買いに行っていた店がアルバイトを募集していたことからすぐ応募する。「やり始めてみると自分の性に合っていたのか日々が楽しく、これなら自分にもできるのではないかと思うようになった。」と振り返る。
パン屋での3年半の修業を経て、平成17年に独立することとなる。白山室堂でアルバイトしていたこともあって、白山への玄関口である鶴来地区への愛着が強くあったことから、店を持つなら好きな鶴来でと考えていた。
いざ店探しを始めてみると、空き店舗は目にするもののなかなか貸してもらえず、現在の場所をようやく見つけた格好だ。
● 個性(主張)あるパンづくり
最初のうちは市販のイースト菌を使ってパンづくりをしていたが、もっと香りの良い、個性的なパンを作りたいと試行錯誤する中で、干しぶどうから抽出した酵母菌を発酵させたものを使ってパン生地を作るやり方に辿り着く。
これは、ウイグル産の天日干しレーズンに水と糖分を加え、30度で2週間ほど置いておくことで醗酵が始まる。そうしてできた酵母液に小麦粉と水を混ぜて醗酵させたものがパンのたねになる。
この酵母にはいろんな菌が含まれていることから、イースト菌で膨らませたパンと食べ比べると、奥行きのある深い味わいになるという。干しぶどうを醗酵させて作る酵母液は、一旦できてしまえば、継ぎ足し継ぎ足しで2日ぐらいで培養できるようになり、それほど手間はかからない。
もともと牛乳好きだったこともあって、パンの材料として使う牛乳は美味しいものを使いたいと、加賀市にある平松牧場に配達を頼みに行くも、鶴来は遠くて無理だったことから小松にある丸七牧場を紹介される。そこのパスチャライズ牛乳を届けてもらい、パンやカスタードクリームに使用し、販売している。
この牛乳は、生産効率が悪く価格も高めだが、何よりも味が良くて気に入っている。通常の牛乳は120-140℃で高温殺菌するのに対して、パスチャライズ牛乳は85℃の低温で15分間殺菌するため、ホエー蛋白や脂肪、カゼイン、酵素などの栄養素が変性せず、からだに吸収されやすい状態を保てる特性がある。
「常温か少し温めて飲むと牛乳本来の風味が楽しめますよ。」と顔を綻ばす。
毎朝3時半に起床してパン生地をこね始め、生地を小分けにして醗酵するまで待ち、10時半ぐらいから分割した生地をそれぞれのパンに成形しながら焼き始める。
昼過ぎぐらいまでに全て焼き上げ、それが終わると翌日の仕込みが始める。そんな重労働の日々だが、「パンづくりは楽しいし、何よりもお客様においしかったと言ってもらえると益々頑張ろうと元気が湧いてきます。」と満面の笑みで語る。
● こだわりの蒸しパン
一番人気はオリジナルの蒸しパンだ。生地にうどん粉を使っているのが特徴で、子供からお年寄りまで幅広い人気がある。
このパンを作ることになった経緯を尋ねると「卵や牛乳を使っていないパンがないかとお客様から聞かれたのがきっかけで、従来はフランスパンのように堅いパンしかなかったため、柔らかいパンを作ればお年寄りや子供さんにも食べてもらえると思った。」とのこと。
通常のパンは北海道産の小麦粉を使うが、蒸しパンには熊本県産のうどん用の中力粉を使っているため、食感がもちもちとし、十勝産のてんさい糖がやさしい甘みをプラスしている。
ここに辿り着くまで、何度も何度も試行錯誤を繰り返したことは言うまでもない。
同様にお客様からこんなパンはできないかといったリクエストもあるようで、可能な限りそうしたニーズにも応えると同時に、季節限定で地元の美味しい食材を使ったオリジナルのパンづくりにも積極的に取り組んでいる。
● 地元・鶴来の人たちに愛される店が目標
「白山登山、白山さんへのお詣り、白山麓へのドライブやスキーなどの行き帰りに立ち寄って下さるお客様が予想していた以上に多く、人の流れが結構あるなと感じています。
開店当初は、お客様が来てくれるか心配していましたが、おかげさまで子供からお年寄りの方までパンを買いに来て下さり、たくさんの方にかわいがっていただき、鶴来で開店して良かったと感謝しています。」と傍らの奥さんと頷き合う姿が微笑ましい。
同店のフランスパンは、地元・鶴来のレストラン「もく遊りん」に、食パンは野々市町のカフェドアロウに納めている。卸については積極的な営業は全くしていない。「求められれば喜んで協力させてもらいますが、あくまでも店頭に買いに来て下さるお客様を大事にしたいと思っています。」と力を込める。
ホームページは開設していないが、パンを通販する場合は冷凍しないといけないため、風味が劣化して本来の美味しさを味わってもらえないことから、当面は考えていない。
「店内が限られたスペースのため、現状ではできないのですが、わざわざ遠方から買いに来て下さったお客様に、ちょっと休んでいただける休憩コーナーを設けられる店を持てたらと思っています。
これからもずっとこの鶴来の地で、地元の皆さんにかわいがっていただけるパン屋であり続けたい。」と鶴来発のベーカリーに徹することを宣言する。
インタビューを終えて・・・
人生とは不思議なもので、家業を継ぐつもりでいた青年が人との出会い、ちょっとしたきっかけによって、こだわりのパン職人に。そんな彼の歩みに思いを巡らせていると、店内に流れるジャズが妙に心地良く感じられた。
若い夫婦が一生懸命に頑張っている『あさひ屋ベーカリー』をよろしく!